セブン地域の東の果て、山脈の麓に位置する田舎町だ。
かつてうちの親父やバリィさんやリコーさんが冒険者をしていた町であり。
帝国が一番最初にセブン公国侵攻で占領した町でもある。
子どもの頃に旅行で来た以来だけど、全然変わらないな。
僕が住んでいた北の村もド田舎だけど、ここもなかなかのド田舎だ。
えーっと……、メリッサさんって久しぶりだから顔もうろ覚えだし具体的な居場所も聞いてなかったんだよな。
まあ魔力感知で一番デカい魔力のとこ行けばいるだろ……、おふくろ曰く世界で二番目に強い人らしい。
競技や軍の標準装備にもなっている『纒着結界装置』の元となった、纒着魔法を考案した人でもある。
しかも、消滅魔法を纏うというクレイジーっぷりだ。あのおふくろが唯一真似出来ないと断言した魔法である、無論こればっかりは僕もスズも真似は出来ないしやろうとも思わない。
魔力感知範囲を町全体に拡大したところで。
僕は死角からの鋭い斬撃を、紙一重で躱す。
あっぶねえ……っ、なんだこれなんか殺されかけたんだけど!
つーか今日はソフィアさんの試合から長距離転移で親父連れてくんのに帝都と実家を往復したり、バルーン一家をサウシスに跳ばしたり、帝都からトーンに跳んできたりと魔力枯渇気味なのに……。
ホーミング螺旋光線の乱射だとか、大きめの消滅魔法とかも使えない。格闘戦で捌き切る。
目視転移で近くの建物の屋根に跳ぶと、僕の視線を読んで鋭く双剣で斬りこんできたのを武具召喚で喚んだ斧で迎撃しようとしたところで。
「――――⁉ チャコかあっ‼」
双剣をピタリと止めて、僕の名前を呼んだのは。
「でっっっかくなったなあ~! 前に会ったのって何年前だ? あん時はまだメリッサよりチビだったのに、めちゃくちゃブラキス君に似てきたな! 覚えてるか? 俺だよ! ダイルだよダイル!」
嬉々として僕に話しかける、ダイル・アルターさんだった。
かつて最強の戦士と呼ばれた男、ダイル・アルター。
旧セブン公国最大戦力である勇者パーティの前衛火力兼盾役だった戦士。
つまり、おふくろの仲間だった人だ。
当時は『万能武装』というどんな武器でも使いこなせて、武器戦闘に対するあらゆる補正がつくという強力なスキルを持ち。
そんなスキルを置き去りにするほどの、卓越した身体操作や剣技を身につけた最強の近接技量も持ち合わせていた。
元勇者のメリッサさんの旦那さんで、今はセブン地域の旧公都で警察官をしているのだが野暮用とやらで夫婦でトーンに来ているらしい。
「いやーすまんな、俺は一応護衛任務ってことで来てるからいきなり馬鹿でけえ魔力を持った奴が跳んできてとんでもねえ範囲の魔力感知を使ったからとりあえずぶっ飛ばしに来た。どうしたんだ? こんなとこまで、田舎暮しなら間に合ってんだろ」
剣を鞘に納めながら、ダイルさんは襲った理由を説明してから尋ねる。
「いやいやこちらこそいきなり来ちゃってすみません。バリィさんに言われてメリッサさんに稽古つけてもらいに来たんです」
「あ? あー……、なるほど。あれを習いに来たんだなあ? いいだろう案内するぜ、メリッサとメルも喜ぶだろ」
僕は要件を伝えると、ダイルさんはそう言って屋根からぴょんと飛び降りて歩き始めた。
「……よし、ここだ」
少し歩いたところで、町で一番大きな建物の前でダイルさんは足を止めた。
「ここは昔、冒険者ギルドだったらしいけど悪逆非道の悪鬼羅刹で一人百鬼夜行な怪物クロウ・クロスが町を去った後からは帝国軍の拠点として使われていて、今は警察署というかやたらでかい駐在所だな。警察官は元山岳攻略部隊のじじいが何人かいるくらい、この町は人口も多くないし犯罪率も低いしそれで十分らしい」
ダイルさんは観光ガイドのように語りながら、元冒険者ギルドの駐在所へと入っていった。
「あらダイル早かった……え、まさかチャコール? えー! びっくりした! 久しぶりじゃない! メルが生まれた時に来てくれた以来かしら、大っきくなったわね~。昔はポピー似だと思ってたけどブラキス似だったのね、へー!」
駐在所に入ると嬉々として、小柄な女性が捲し立てるように言いながら近寄ってくる。
メリッサ・ブロッサム=アルター。
旧セブン公国最大戦力である勇者パーティのリーダー。
つまり、
世界最強のスキルと謳われた『勇者』のスキルを持っていた、公国最強の勇者だった人だ。
この人もおふくろの仲間だった人。
元々はこのトーンの町で親父やバリィさんたちと同じように冒険者をしていた。親父とも一時期パーティを組んでいたこともあるらしい。
「メルもこっち来なさい、お母さんのお友達の子よ。ご挨拶して」
メリッサさんが呼ぶと、さらにちっちゃいメリッサさんがちょこちょこと走ってくる。
「こんにちは……、わたしはメル・アルターです」
メリッサさんの影に隠れるように小さいメリッサさん、もといメルちゃんは自己紹介をする。
「はいこんにちは、僕はチャコール・ポートマン。君が生まれた時に会った以来だけど覚えてないよね。よろしくね」
僕はしゃがみこんで、メルちゃんへと名乗り返す。
十年くらい前、最後にメリッサさんたちに会ったのは彼女の出産祝いを届けに行った時のことだ。
そうか、十歳くらいになってるのか……。やや小さい気がするけど、僕もスズも十三くらいで膝がちぎれるくらいの成長痛で突然大きくなったからこれからどんどん大きくなるのだろう。
「なんかチャコはメリッサからあれを習いたいんだってよ。教えてやってくれよ」
自己紹介を終えて、ダイルさんはメリッサさんに切り出す。
「ははーん……なるほどね。確かにポピーじゃあ教えられないもんね。ブラキスとは違ってハートが強いのね。よしわかった引き受けた……」
うなずきながらメリッサさんは状況を察して呟いて。
「……消滅纏着の継承を」
覚悟の炎を目から揺らしながら、メリッサさんはそう言った。
「いらないいらない! そんなクレイジーな魔法いらないよ! やめて!」
僕は即座に全力の否定をする。