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04本質的に間違ってなくても悪行は悪行でしかない

 ここから事情を、かくかくしかじかとメリッサさんとダイルさんに説明する。


「へえ、セツナの子がねえ……。バリィも相変わらずハイパー親馬鹿なのね。私も親になって理解できるようになったけど、バリィは過剰よ。そろそろライラにも鬱陶しがられるんじゃない?」


「つーかチャコおまえもやるなぁ、ライラちゃんに手ぇ出すなんてバリィさんに殺人許可を与えるようなもんだろ……」


 アルター夫妻はあっけらかんとそんな感想を漏らす。


「まあでも疑似加速か……、バリィも本当に使えるもんは何でも使うわね。まさか急にトーンで変な小娘の護衛しろって旧公都から呼び出したと思ったら到着早々、チャコに疑似加速を教えろなんて危ない橋を渡れって。相変わらず頭がイカレてる……ブライとは別種の狂人だわ」


 メリッサさんはうなだれるように、そう続く。


 いや全くその通り、僕もそう思う。

 なんか言いくるめられてトーンまで跳んできたけど、僕も試合を終えたばかりで多少疲れてるしメリッサさんたちの事情も考慮されてない。


 それでも、それしかないというところを通してくるから周りもその通りに動くしかない。


 親父が言っていたが、バリィさんはそうやってあらゆる局面で策略を成功させてきたらしい……。


「まあでも確かに今はまだトーンに監視はいないから教えるんなら、今しかないか……。バリィの狙い通りに動かされるのはもう慣れてるし、腹は立つしそのうち畳むけど。いいわよ乗ってあげる」


 そう言って、メリッサさんは軽く手招きをして駐在所の奥へと進む。


 僕はメリッサさんについて行くと、そこは開けた訓練所のような空間だった。


「疑似加速。まあ私のは疑似加速改って名前だけど、あんたならそんなに難しくはないと思うわよ。セツナの子の疑似加速を見たんでしょ? 見た通りの魔法だからちょっとやってみなさい。私も同時に使って、出来てないとこだけ教えるわ」


 訓練所の真ん中で、腕を組みながら堂々とメリッサさんは言う。


「……わかりました。じゃあ…………いきます!」


 僕はメリッサさんの言った通り、見よう見まねの疑似加速を発動する。


 あれは身体強化とかだけじゃなくて空間に作用する魔法だ。

 空気抵抗や自由落下速度や慣性などの運動エネルギーそのものが、既存の理から外れていた。


 疑似加速の本質は、時間干渉。


 時間の流れや世界そのものをどうにかするとか、そんな大それた大魔法だとは考えるな。


 魔法はイメージ。

 ただ速く動くことだけを考えて、それに邪魔なものが溶けていくだけ。


 …………こうかな?


「――――――っストップ! ……ふう、八十点ってとこね。速さは問題なし、自由落下速度も加速出来てるのは流石ね。でも思考の加速が出来てなかったわね」


 発動と同時に訓練所の壁へと激突する寸前で、組み伏せられて止められながらメリッサさんは僕に改善点を伝える。


 まったく速さについていけなかった。

 思考の加速か……、確かにこの速さで動くには情報の処理が必要だ。


「思考加速は――――」


 立ち上がりながらメリッサさんは、思考加速の方法について語る。


 目からウロコな理論だった。

 はー、脳内シナプスの……はいはい確かにそれなら僕にも出来そうだ。

 クライスさんから習ったことも活かせそうだな。なんか僕の習ったことを全部詰め込んだような魔法だ。


「じゃあ、もう一回やってみます……。行きます!」


 僕はそう言って疑似加速を発動する。


 音が歪んで聞こえるほど、加速した世界。


 世界にある自身を邪魔するものを全部溶かした軽い水の中を泳いでいるような感覚。


 すっげえ魔力消費だけど、それに見合う効果だ。


 メリッサさんが加速した世界の中で少し驚いた顔をしてから笑顔になる。


 どうやら成功したみたいだ。


「――――……ふう、出来た」


「流石ね。出来るとは思ってたけど、まさか三分で習得するとは思わなかったわよ」


 笑顔でメリッサさんは疑似加速を解除した僕に言う。


「ありがとうございます! でもこれ……簡単過ぎませんか? まあゼロからこれを作り上げろと言われたら無理ですけど教えて貰ったら誰でも出来るんじゃ……?」


 僕はお礼を言って、当然の疑問を投げかける。


「はあ……、簡単なわけないでしょ。あんたはポピーに繊細な魔力操作と重力魔法や消滅魔法や転移魔法みたいなイメージのしづらい世界干渉必須な魔法を身につけていて、クライスから人体構造や医学的な知識を叩き込まれていたから出来ただけ。説明されたって普通の人間には出来やしないわよ」


 呆れるようにメリッサさんは答える。


 なるほど……どうにも僕は疑似加速を覚えることも視野に入れて鍛えられていたみたいだな。

 おふくろもクライスさんも元勇者パーティだから、強さの到達点を勇者であるメリッサさんに設定していたのかもしれない。


「ああ、俺も全然出来る気しないしな。まあ集団擬似加速改でメリッサにかけてもらえるから覚える気はねえが」


 ダイルさんも付け加えるように言う。


 そうなのか……、じゃあおふくろもやろうと思えば出来るってことなのか……?


「まあ……でも、悪いけどあんたが疑似加速改を覚えたところでセツナの子には勝てないよ」


 メリッサさんはさらっと、辛辣なことを述べた。


「疑似加速は片方だけが使えば、基本的に圧勝が約束される最強の魔法。実際【大変革】前は『超加速』に太刀打ち出来るものは『無効化』以外に存在しなかった」


 そのままメリッサさんは語る。


「でも、双方が疑似加速を使えた場合は同速となる。つまり加速した世界の中でただのガチンコ戦闘が始まるだけ」


 目に微かな残り火のような光を燻らせながら、続く。


「加速した世界での戦闘は、基本的に格闘戦になる。音が歪むほどの速さで動いているから、光線魔法以外は発動しても前にすら飛んでいかないからね。光線魔法も防御できちゃうし、基本的に武器戦闘か徒手空拳の戦いになる」


 世界で数少ない加速した世界での同速戦闘の経験に基づく、具体的な話をする。


「でもあんた、大斧か杖術しか使えないんでしょ? セツナの子は父親やジャンポール……多分ブライの馬鹿からも相当剣術や徒手空拳を仕込まれている。大振り一撃必殺を当てるための布石とか合気杖術で捌くとかの誤魔化しは加速した世界の中では通用しないからね」


 僕の技量を見抜いた上で、シロウ・クロスの技量を想定して比較し述べる。


 実際その通りだと思う。

 斧が当たれば絶対に勝てるとはいえ……当たらないければ意味がない。

 シロウ・クロスの格闘戦技量は僕よりも上だ、格闘戦以外の土俵に引きずり出せばあらゆる策で陥れて斧をぶち当てるんだけど。


 加速した世界はそれを許さない。

 純粋な、混じりっけのない殴り合いを要求される。


 だったら勝ち目はない……、今日のソフィアさんとの戦いで痛感した。僕の格闘戦技量は高くはない。

 ああそうか、そりゃあザ・魔法使いのおふくろが使わないのも納得だ。趣味が筋トレなのに非力だし、近接戦闘なんて全然出来ないのなら使いようがない。


「まあ消滅纏着は競技的にアウトだとしても、あんたが学ぶべきは疑似加速よりももっと基礎的な格闘戦。そっちの稽古なら監視があっても問題ないだろうから……私とダイルで鍛えてあげようか?」


「よ、よろしくお願いします! 助かります!」


 僕はメリッサさんからのそんな素敵な提案に、二つ返事で乗っかる。


 旧公国最強の夫婦、しかも二人とも対人格闘に秀でている。


 いやー、助かる。

 なんか親父やおふくろやらバリィさんから、メリッサさんはギリヤバい奴って刷り込まれていてちょっと怖かったけど脅かされていただけだったんだな。


 優しい人でよかった……。


「よし……せっかく監視が取れて暴れられる機会だからね……。色んな憂さを……ここで晴らすッ‼」


 そう言いながら、メリッサさんは僕の鼻っ柱に見事な飛び旋状蹴りをかます。


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