いっっっってぇ……っ⁉ はぁ? 脈略が……っ、意味わからん!
嘘だろこの時代に『纒着結界装置』を付けてない人間の顔面に蹴りを入れるって……、やっべえってこの人! 馬鹿だ‼
「油断すんなよ馬鹿! 魔力感知にばっか頼ってるから、視認情報で反応が遅れるんだよ!」
そう言いながら、着地と同時に膝関節狙いの蹴りで僕を崩してみぞおちに右ストレート、下がった顎に頭突き、仰け反って視界が上に向いたところで金的蹴り。
かろうじて体勢を捻って受け身で距離を取ろうとしていた為、金的蹴りは逸れて内腿蹴りになったが……。
重てえ……っ、嘘だろ? メリッサさんはかなり小柄で体重は恐らく僕の半分位しかない。
身体強化は使ってない、だから魔力感知で反応出来なかった。嘘だろ、馬鹿つえぇんだけど。どうやって帝国はこんなのが居る公国を三日で落したんだよ。
落ち着け、僕もそれなりにバリィさんとクライスさんから簡単な格闘戦は習っている。
武具召喚で杖を喚び――。
「この距離で、私の打より速く魔法発動なんてポピーでも出来ないわよ」
メリッサさんは杖を喚び出して握ろうとした僕の右手を、肘打ちで潰してそう言う。
杖は握れずに地面に落ちようとしたところで、メリッサさんの足で掬われるように蹴り上げられて訓練所の天井に突き刺さる。
ええ、マジか。いやマジなんだな。
切り替えろ、僕もマジでいく。
目から炎が漏れ出たところで、潰された手を回復魔法で治療しながら手を突き出す。
メリッサさんはしっかりと反応して、ダッキングで潜りながら弧を描くように僕のアゴ目掛けて飛び上がるように狙ってくる。
それを僕はアゴと首で捕まえて合気で崩し、伸ばした右手をメリッサさんに引っ掛けるように力の流れのままぶん投げる。
距離が出来た。
リーチを活かして畳み掛ける。
再び武具召喚で天井に刺さった杖を喚び寄せて、受身をとって着地をしたメリッサさんを下段から掬うように脚を狙う。
「? 舐めてんの?」
メリッサさんは呆れるようにそう言ったところで。
脚に当たったはずの杖は、なんの感触もなくすり抜けるように接触した部分から消えてなくなる。
嘘だろ、本当に使うのかよこんな魔法を。
部分的な発動だけどあんなの消滅魔法の自身への追従をちょっとでもミスったら脚が無くなるんだぞ……?
振り抜いてしまった僕は、覚えたての疑似加速で離脱しようとするが。
当然のようにメリッサさんも疑似加速改を発動し、同速になって僕を逃がさない。
前受け身から地面を這うに、身体を倒した勢いで蹴りを放つ。
ソフィアさんの人形が使っていた動きに似ている、小柄だから僕の視界から消えて蹴り足の出どころも見えねえ……っ。
しかも今回の蹴りは身体強化がかかっている。
まともにもらって肋が砕けたところで、痛みで疑似加速が解けてしまう。
同時に、目にも止まらぬ速さで僕は多分二十発くらい殴られてぶっ飛び。
訓練所の壁に大の字で激突して、ゆっくりと剥がれ落ちた。
完敗。
こんなにボコボコにされたのは久しぶりだ……。いってえ……。
「……うーん、わかったわ。あんたの弱点」
そう言いながら、メリッサさんは俺に回復魔法を掛けてくれる。
よかった……、割と本気でこのままトドメを刺されるかと思った。
「……弱点、ですか……?」
僕は多少動けるまで回復し、自分の回復魔法で治療しながらメリッサさんに尋ねる。
「あんた、素手で人殴ったことないっていうか……殴れないんでしょ。本当にブラキスそっくりね」
僕の目の前に座り込みながら、メリッサさんは冷静に乱暴な模擬戦の総括を始める。
「ブラキスは単純な腕力で言うんなら世界最強クラス。身体強化なしで大斧を振って大抵の魔物は一撃必殺、硬い魔物もスキルの『潜在解放』を使って一撃必殺。結局あいつは身体強化の魔法すら覚えることはなかった」
メリッサさんはまず親父について語る。
まあ確かに親父の腕力は異常で過剰だ。
切り株を当たり前のように素手で引っこ抜いたり岩を引っこ抜いたり、掃除感覚で整地工事を終わらせる怪力大男である。しかも魔法は武具召喚くらいしか使えない。
魔法の才能は全くないというより、魔法が生活に必要がないほどのフィジカルを持っているような人だ。
僕はバリィさんの家で初めて、普通は鉄で椅子やテーブルを補強しないということを知ったくらいだ。
既に亡くなっている祖父も大概怪力大男だったので、実家の家具は大体重くて硬い。おふくろとスズは浮遊魔法とか重力操作を使って生活していた。
「でもそんな過剰な腕力が故に、ブラキスは素手でその腕力を振るうと身体が耐えきれずに骨が砕けて肉が弾ける。だからブラキスは武器を持たざる得なかった。まあ当然よね、魔物が衝撃で溶けて液体になって弾けるほどの一撃を大概頑強の筋肉ダルマとはいえ耐えられるわけがない。武器を持つことでしか発揮は出来なかった」
さらに親父の弱点というか、長所による短所を語る。
これもそうだ。親父の怪力は過剰が故に自分の身体すらも壊してしまう。
一度スズが硬化固着の魔法を試していた木を、親父が気づかずに切り倒そうとして斧を通じて両腕がひしゃげたことがあった。
おふくろがクライスさんを呼んで事なきを得たけど、あれ多分クライスさんが居なかったら今頃親父の両腕はなくなっていた。半泣きでスズの魔法を褒めていたのが印象に残っている。
「まあ魔物相手ならリーチがあった方がいいし、あの大斧は頑丈過ぎるし、バリィが的確に狙いを定めて振っていたから必中だったし、ポピーとの筋肉召喚も必中の奇襲だったし、外したり隙になるようなことがなかったから弱点にはなり得なかったけど」
続けて現役時代の親父について述べる。
話にしか聞いたことないけど、どうにも親父は魔物相手に一撃以上打ち込んだことがほとんどないらしい。森に出たヘビにビビってスズに魔法で対応して貰うくらいの臆病者なのに。
「あんたも多分、思いっきり何かを殴ったら骨が砕けて肉が弾ける。だからブラキスもバリィも壊れない大斧の使い方と、筋力に依存しない合気杖術を仕込んだんだと思う。バリィはブラキスの一撃必殺にとんでもない信頼を置いているから、それで十分だと判断したのかもしれない」
僕を指さしながら、メリッサさんは僕の戦闘スタイルに言及する。
これもその通りだ。
子供の頃から親父に、素手で何かを叩くことを禁じられていた。祖父の頃からの教えで、ポートマンの男は昔からそれで怪我が絶えなかったらしい。
それを前提として、大斧による戦闘や合気杖術を習った。
「あの親馬鹿教師は自分だったら卑怯もクソもない策略で必中に出来ると本気で思っていて、あんたもそうすると思っている」
続けてメリッサさんはバリィさんの、思考回路に言及する。
これも……まったくもってその通りだ。
バリィさんはちょっと、容赦とか情けとか道徳とか倫理とかが欠落している。
目的を遂行する為にはどんな手でも使う。
自分の弱さや負けすらも手段の一つとしか考えてない、相手の一番弱いところを的確に狙い撃つ。
僕もそれを習ったし、親父もおふくろも影響を受けている。
「でも卑怯な策略を選択すること自体が自分にとっての負けになることもある。まあ少なくとも競技にはルールもあるし、大斧を当てられない場面は必ず存在する」
メリッサさんは真摯な表情で、確信に触れる。
そう、これが僕の弱点だ。