僕はバリィさんほど頭が良くないし、非情にもなりきれない。
なれたとしても、大斧を避けさせないように相手の家族を拉致監禁しておくとか食事に毒を盛っておくとかは競技ルール以前に法的にアウトだ。
それでもバレなきゃバリィさんならやるんだろうけど……、流石に僕はそんなことは出来ない。
だからソフィアさんの人形を越えられなかったし、多分シロウ・クロスにも届かない。
「実際さっきの模擬戦でも、私をぶん投げたところでわざわざ杖を喚んだでしょ。あそこは間髪入れずに前蹴り一択、そんな脚長いのに四尺ちょっとしかない杖をわざわざ流れを止めてまで喚ぶ意味ないでしょ」
消滅纏着で短くなって転がる杖を指して、先の僕との模擬戦の反省点を述べて。
「多分あんたの身体強化を使った時の出力はブラキスと同じくらいある。だから躊躇いのない本気の素手攻撃が出来ない、これは結構致命的な弱点だ」
メリッサさんは、ずばり僕の弱点を語った。
本当に的確だ。
僕はそもそも連携前提に造られきた。
冒険者になる為に、冒険者になったときにどんな役割でもこなせるようにと。
後衛火力、サポート、前衛火力、盾役。各役割を仕込まれた。
だがその中で、近接戦闘自体は斧による一撃のみに留めて格闘戦は合気による捌きのみを教わった。
合気で捌いて崩して投げる。それさえ出来れば後衛火力が何とかするし、逆に誰かが格闘戦をしていたら僕が大斧で何とかする。
そういう戦いを、実戦を想定した訓練を行ってきた。
だから個人競技である【総合戦闘競技】にそもそも僕は向いてないのさ。
でも、何とか予選から二回戦までは何とかしてきたけど……。
シロウ・クロスに吠え面かかすだけなら、街中で喧嘩を吹っ掛けてルール無用でやり合う方がまだ勝ちの目があるくらいだが。
やはり、一対一の戦いは徒手空拳や斧以外の武器を使えない僕には厳しいのか……?
なんて、頭に弱音が巡っていたところで。
「……でもチャコ、あんたはブラキスじゃあない。だからこれは克服可能な弱点だよ」
そんな弱音を払拭するような笑顔で、メリッサさんはそう言った。
「あんた硬化魔法って使える? 部分硬化とか完全硬化とか」
「……使えます」
僕はメリッサさんの問いに、左手を硬化させて見せながら答える。
「むかーし、この町にジスタってかなり手練の前衛盾役がいた。そいつが使ってたんだけど、衝撃を受ける瞬間に関節や耐えきれずに負けそうなところにだけ部分硬化をかけるってやつ」
メリッサさんは盾を構えたポーズを取りながら、左肘や手首に部分硬化をかけながら語る。
「クライスに人体構造と回復魔法を学び、ポピーに緻密な魔力操作を鍛えられたあんたなら本気で殴った時の反動に耐えられるように骨自体に硬化魔法をかけられるし、肉には回復魔法をかけて弾けるのを防ぐことが出来るでしょう」
部分硬化の場所を変えながら、ゆっくりと盾を構えたポーズから格闘の構えに変えてメリッサさんは具体的な解決策を述べた。
確かに……いや、確かにか?
乱暴だし無茶苦茶なゴリ押し解決策だが……、パンチやキックは毎回同じ体勢で放てるわけじゃあない。
崩れている時や、運足や流れによって柔軟にかたちは変わる。
故に負荷がかかる場所も一定ではない……、それを一発ごとに見定めて部分硬化と回復魔法を使う……?
可能なのか? 人間にそんなことが……。
「実際クライスは、ブラキスの一撃を喰らってぐちゃぐちゃになりながら同時進行で治療して耐えたことがある。それに比べれば難しくないというか、その前例がある以上不可能じゃあない」
不安が顔から滲み出ていた僕に対して、メリッサさんは前例を語る。
ええ……クライスさんそんなこと出来たの……?
穏やかで寡黙だけど優しくて真面目なお医者さんなんじゃ……そんなクレイジーなド根性マンだったのか。
つーか親父も仲間うちでそんなギリギリな模擬戦してたのか? 僕もまあまあ死にかけたりはしたけど、流石に身体がぐちゃぐちゃになるようなことはなかった。
まあクライスさんがやってのけた以上、可能ではあるってこと…………なのか?
「……あの~、すみません。ここはどこでしょうか…………?」
僕が頭の中でメリッサさんの提示した解決策の再現性を巡らせていると、聞き覚えのある声。
「あー起きたか。俺は軍警察のダイル・アルター。ここはセブン地域は東の果て、トーンの町だ。ソフィア・ブルーム、君は拘留……もとい帝国軍によって保護された。職場や家などにあるものなども軍によって押収されて現在こちらに運搬中らしい、ああ君に拒否権はない。しばらくこの町で暮らしてもらうぞ」
メルちゃんを肩車しながらダイルさんが、声の主である人形遣いソフィア・ブルームさんにつらつらと説明をする。
「え? ソフィアさん……?」
「あら、知り合い? このお嬢ちゃんを守るために私たちはこんな馬鹿田舎に跳ばされてきたのよ」
驚く僕にメリッサさんはあっけらかんと言う。
「え、ええ。さっき全帝の二回戦で戦った人です……なんかめちゃくちゃ強い人形を使って戦う研究者の人です」
「へえ、まあ私たちも正直全然よくわかってないのよね。ただあの子がヤバいもん造ってヤバい奴らに狙われるから、ほとぼりが冷めるまで田舎で匿って守れみたいな話しか聞いてないのよね」
メリッサさんは僕の話に淡々と返して。
「こんにちは、ソフィア・ブルームさん。私はメリッサ、この男の妻でこの子の母親。とりあえずは貴女の味方と考えてくれていいわよ」
笑顔でソフィアさんに自己紹介をする。
「は、はあ……あの私なにか不味いことしちゃったのでしょうか……? 私の研究に問題があったのでしょうか」
不安そうな顔でソフィアさんはメリッサさんとダイルさんに尋ねる。
「さあな、マジに俺らは割と帝国の言いなりなだけだから全然詳細もわかってねーんだよ。ちょっと知りたいから見せてみろよ、問題なさげなら多分さっさと日常に戻れるだろうし」
あっけらかんと肩車したメルちゃんを揺らしながら、ダイルさんは言う。
不味いものって、あの人形のこと……だよな?
確かにめちゃくちゃ不自然ではあったし、人過ぎて奇妙だったけど……。
「はい……わかりました。でも先の試合で簡単な故障箇所があるのでちょっと修理してからですけど」
そう言ってソフィアさんは、試合でも見せた箱を武具召喚で喚び出して人形を取り出す。
壊れた脚を引っこ抜いて、新しい脚をはめ込んでいくつかの線を繋いだり調整を行って『予備魔力結晶』に魔力を注いでいく。
「よし、できた。起動シーケンスに入りますよ」
手際よく修理を終えて、ソフィアさんがそう言って三十秒の準備に入る。
「…………ねえ、あれって――」
人形の姿を見て、メリッサさんは少し考え込んで何かを言おうとしたところで。
「……? ギルドの訓練場か? 場面が飛んでる……なんなんだ、わからん」
人形は血色の良い顔で、まるで人間のような流暢さで口を開いた。
「えー、これが残留思念魔力変換機構搭載型半自律行動戦闘用『自動人形』通称『赤』で――」
と、ソフィアさんが紹介をしようとしたところで。
「アカカゲ……よね、あんた」
「……? メリッサか? 髪が伸び……いや大人びたのか? ……ダメだ全然わからん。状況の説明を頼みたい」
メリッサさんは目を丸くして、人形……もといアカカゲ氏に呼びかけると。アカカゲ氏は無い眉毛を顰めながらメリッサさんへと尋ね返した。
ここからメリッサさんは、アカカゲ氏にこの二十年のことをゆっくりと語った。
その後、烈火のごとく勢いでソフィアさんに殴りかかろうとするメリッサさんを僕とダイルさんとアカカゲ氏で止めたり。
落ち着きを取り戻したメリッサさんによる、ソフィアさん号泣のガチ説教だったり。
まあ色々あるが。
ぶっちゃけ僕にはピンとこないし関係がない。
どうにも、これはかなり衝撃的な出来事らしい。
でもこの出来事はきっと、メリッサさんたちの物語の延長線上にあるなんかしらの奇跡なんだろう。
僕の物語における重要事項ではない。
どちらかと言えばこの後、僕は一ヶ月後の全帝準々決勝ギリギリまでメリッサさんとダイルさんとアカカゲ氏によって徒手空拳戦闘を仕込まれることになる方が重要なことだ。
ボッコボコに殴られて、こっちの打撃はメリッサさんやアカカゲ氏にかすりもしなかったが。
新魔法、負荷耐性硬化に関しては及第点を得られた。
まずは準々決勝。
地獄兎のラビット・ヒット選手との試合で、実用に足りえるか。
手前勝手で申し訳ないけれど、試させてもらうことにしよう。