僕、クロウ・クロスは主夫であり父親だ。
ライト帝国は帝都に暮らす、ただのおじさんである。
四十八……もうすぐ五十代が見えてきている、事実として完全に中年だ。一昔前なら老人カウントされてるような年になりつつある。
妻のセツナは魔動結社デイドリームで開発部長をしている。
なかなかに高給取りだしセツナも仕事を楽しんでいるので僕が家のことをやって支えている。
息子のシロウも十九になり、軍人になりたいと言って士官学校に進学して軍の訓練生になり今は宿舎で暮らしている。
これに関してはかなり思うところがあるけど……、まあシロウの人生だしシロウはセツナに似て器用だからどこに行っても達者に暮らしていけるだろう。
それでも心配が勝つ……、帝国軍は優秀だが危険がないわけじゃあない。
魔物という脅威が消え去って、国防に関わる対人制圧や災害救助が主な仕事になる。
僕は魔物より人間の方が恐ろしいことを知っている。今の方が危険は大きいし多い。
まあ僕が魔物を消し去っといていうのもあれだけども。
とはいえ熱意はあるし、ジャンポール君にも懐いているので訓練とかは問題ないのだろう……いやジャンポール君やブライに懐いていたから軍人になると言い出したのか。あいつらやっぱ畳むか。
まあ子供の進路について悩むくらいの問題しかない。
それが僕だ。
僕の物語は二十年前に完結しているからね。
二十年前から僕はそれなりに変わった。
髪は黒く染めなくなったし、魔力反応で黒く焦げ付いていた瞳も元の色に戻った。
手当り次第にいい女を口説くのも…………まあ減った。いやここ十年はない。
優しくなくなったし、優しくなれた。
何より僕は、ゆっくり生きられるようになった。
「……よし、終わった」
僕は家事を終えて、一人呟いてソファに座る。
朝からセツナの弁当を作って洗い物して掃除して洗濯して干して取り込んで今しがた簡単な昼食を終えて洗い物を済ました。
昨日買い物に行ったから晩御飯の買い物はしなくていい……米もあるし肉も解凍すればある。
そして現在時刻、十二時一分。
お昼を過ぎている。よし、ゆっくりできているな。
最初の頃は数分で終わらせてしまっていたので、かなり時間を使えるようになった。
さてセツナが帰ってくるのが十八時半頃として、十八時過ぎから食事の支度をすればいいから……。
「……やっとくか」
僕はそう呟いて『小型暗号化通信結晶』で、通信を行う。
「ああ、グリオン君。状況は?」
結晶越しに僕は長い付き合いになったグリオン君に尋ねる。
グリオン・ガーラ。
魔法族が暮らす魔法国家ダウンで王族の親衛隊に属し、隊長をやっている男だ。
二十年前の公国制圧にも協力してもらったり、その後も非合法にスキル再現研究や開発を行う組織の検挙というか制圧というか撲滅を行っていた。
ダウンの前国王であるタヌー氏は、ビリーバー……異世界転生者としてかつてこの世界の繁栄をさせるべく調整を行っていた人たちの一人だ。
スキルや魔物などなんかの後付けシステムには否定的で、それらが消え去った後に再びそんなものが造られないように動いている。
そんな上王タヌー氏の直属として、グリオン君は任務を遂行し続けて王族親衛隊長となった。
「いつものように情報を跳ばした、把握次第動いてくれ」
グリオン君が受話器越しにそう言ったので。
「了解」
跳んできた資料に目を通しそう返して、僕は装具着装で着替えて共有された地点へと跳んだ。
僕は暇を見つけてはグリオン君たちと【ワンスモア】狩りを行っている。
【ワンスモア】とは。
ここ最近はしゃいでいる懐古主義者たちの集まり。
スキル開発やらをしたり、サポートシステムやエネミーシステムのあったかつての世界を取り戻そうと主張してる。
刑務所を襲撃して囚人を逃がしたり、町や村を襲って人を攫ったり、帝国軍の駐屯地にまでちょっかいかけたりしているらしい。まあでも主にやってんのは人攫いだ。
ジャンポール君からも度々話題に出る、今一番面倒なテロ組織。
なんか結構組織的で人数規模もかなりのもので、かなりの人数を検挙しているらしいがまだ全貌を掴めてないとのこと。
今この世界に生きる、全ての懐古主義者たちを集めたような組織だ。
それにどうにもスキルに関しては、ほぼ再現が出来ている。
その再現方法もおおよそ把握出来ているが……よくもまあそこまでやるとは……。
魔法国家ダウン先代国王のタヌー・マッケンジィ氏は、多分この世界で最もサポートシステムやエネミーシステムに嫌悪感を持っている。
故に【ワンスモア】のような懐古主義者たちを根絶やしにしたいみたいだが、魔法族が帝国領で作戦行動をするのは問題がある。
なので、その辺の事情を把握しつつ協力してくれそうな僕に帝国内の【ワンスモア】を潰すように頼んできた。
まあ彼らには二十年前にかなり迷惑かけてるし、全然このくらいなら協力してもいいと思うししなくてもいいとも思うんだけど。
僕の息子はこれから軍人になろうとしている。
心配だが止めることもできない。
だったら先んじて少しばかり、世界を平和にしておこうと思った。
とはいえ、僕はただの主夫で名実ともにただのおじさんだ。
軍人でもないし、何かの権限を持った人間でもない。
そんなただの帝国民が他国の作戦行動に参加しているってのは、よく思われることじゃあない。ただでさえ僕は過去に外患誘致罪を犯しているのだから。
だから変装して光学迷彩と気配隠匿をかけて隠密に徹している。
変装用の服は黒いコートに黒いズボンに黒いシャツ、そして垂れ目隠しの黒い仮面を装着すると髪の色も黒になる優れものだ。
これはグリオン君が用意してくれた装備なんだけど。どんだけ黒いイメージついてるんだ、僕は。
昔はよく着てたけど今はエプロンやスーツくらいなもので黒い服はほとんどもってない。
今は大体セツナが選んだ服を着ているので青いシャツとか緑のカーデガンとかを着ている。
うーん……でも、悪くはない。
黒はかっこいいからね、なんとなく気持ちも若返る。
そんなことを考えながら、共有された地点へと長距離転移して疑似加速で拠点を壊滅させていく。
何人か適当に攫うというか情報持ってそうな奴を転移でダウンに跳ばしたり、何か重要そうな機器や書類を回収したりして。
範囲消滅魔法で消し飛ばす。
まあ当然それなりの人数を殺めているのだけれど、別にほら僕はその辺ぶっ壊れているからね。
僕にとって今の暮らしはやっと辿り着いた幸せな結末なんだ。情けも容赦もかけられない。
どんな理由とか過去があろうと、相手は犯罪組織だ。世界をどうこうしたいとか言ってんだ、この世界に僕の家族や友人たちが生きている限り。
優しくする理由はない。
なので次々と拠点を潰していく。