どうにも彼女は結構動けて多分そんじょそこらのゴロツキ相手なら畳めるんだろうけど、相手は一応テロ組織。
構成員はそれなりに訓練を受けているし、殺人に対する容赦もない。
それに加えて、再現スキル持ちの人間も混ざっていることも考えられる。
流石に再現スキル持ちの人間相手は厳しいと思うし。
「いやそもそもあなたが何者なんですの! ここはハッピーデイ家が所有する――」
と、リーシャ嬢が食い下がってきたところで。
僕は飛んできた氷結魔法を魔法融解で掻き消す。
狙いが的確過ぎる、僕とリーシャ嬢を一発で絶命させる射線だった。
「侵入者だ! 二人組、一人は黒い男でもう一人は若い女! もう四人はやられ――」
魔法を放ってきた奴が『通信結晶』で情報共有しようとしたところで疑似加速を発動。
こいつ
今の魔法は確実にスキル補正が働いていた、不自然な命中補正……『狙撃』持ちだな。
再現スキル持ちということはかなり【ワンスモア】の情報を持っていると考えられる。
それに『狙撃』を命中率補正に使ってんならいいけど、バリィのように効果を拡大して物事すらも狙い通りに行える域まで達したら厄介なんてもんじゃあない。
ここで『狙撃』持ちを潰しておけるのは良かった。
一秒の猶予も与えずに、全力で叩き潰す。
リーシャ嬢の目の前に残像を置いて『狙撃』持ちの顎と両腕と両脚をへし折り、転移でダウンへと跳ばして。
「ほら、危ないから君も帰りなさい。どこに跳ばして欲しい?」
僕はリーシャ嬢に再び帰宅を促す。
そろそろちゃんと邪魔だし、危ないから帰らせたいんだけど。
なんて思いつつ彼女に向き直したところで。
「……あなた、シロウ・クロスと同門……? 今の動きって、シロウがライラとの試合で使った速すぎるやつでしょう?」
リーシャ嬢は驚愕しながら、僕にそんな言葉を向けた。
しまったしくじった。
疑似加速は基本的に不可視だ。ブライのような反応速度を持たないと知覚すらできない。だから本来、疑似加速を使ったところで何が起こったのかなんてわからない。
でもこの子、未熟だがブライと同じくらいの反応速度を持ってやがった。
さらに彼女は疑似加速を見たことがあった。
先日、シロウが全帝大会二回戦でバリィの娘のライラと戦った時に大衆の面前で疑似加速を使用した。
まああのライラは仕上がり過ぎていた。バリィの分析攻略とリコーの鉄壁防御が合わさっていて、あれは疑似加速なしで競技ルールという縛りの中でやり合うのは多分ジャンポール君でも辛い。
使えるものは何でも使うのがモットーな僕としては、疑似加速を使って当然だとは思うけど。一応帝国は再現スキル魔法として秘匿しようとしている。
実際に『加速』や『超加速』を使えた僕からすれば、これは完全な再現に至っていない出来損ないの『無効化』対策用の魔法でしかない。
でもそれが故に。
不可視の速さで動ける真っ黒な男がいた、なんて彼女に証言されると一発で僕が【ワンスモア】狩りを行っていることがバレる。
現状、疑似加速が使える人間は限られているし全員帝国側で把握している。
帝国軍人以外で疑似加速を使えるのはシロウとグリオン君とメリッサ、そして僕だ。
ミスった……完全に舐めていた。
特定は容易だ。
まあ正直ガクラとかジャンポール君のコネとかでそこまで咎められることもないんだろうけど「ダウンと手結ぶくらいなら帝国軍に協力しろ」とか「軍に入れ」とか言われ出すとめんどくさい。
どうするか……、いやとりあえず。
「あー……話は後で」
僕はリーシャ嬢にそう告げて、多重魔力導線やら魔法湾曲やらの防御魔法を付与して疑似加速を発動。
ちょっと一旦ここを潰す。
話はそれからだ。
手当り次第に情報になりそうなものをかっぱらって、目に付いた構成員を畳んで跳ばし。
リーシャ嬢と共に外へ跳んで、範囲消滅で拠点ごと消し飛ばした。
そこからさらに、旧公都にある僕の棒ヤスリ置き場へと跳ぶ。空間魔法の保存領域に入れてあるだけじゃなくて武具召喚で喚び出す用のものを置いている場所だ。
というかどう考えても二十年前に作りすぎた。
空間魔法の保存領域も限りがあるし、普段使いなら十本もあれば十分だ。家に置くのも邪魔だからね、帝都だと家賃が高いからセブン地域の旧公都に倉庫を借りている。
さて、ここまではいいとして。
「さあリーシャさん、交渉を行いたい。僕のことを内緒にして欲しい、対価は払う」
僕は早速話を切り出す。
「……え? いや……ええ?」
目まぐるしく転移で風景が変わり、リーシャ嬢は混乱しつつかろうじて返す。
「ああ、ここは旧公都の倉庫だ。すまないソファもないしお茶も出せないけれど、近場で丁度いい場所が他になかったんだ」
落ち着かせるように、混乱するリーシャ嬢へと場所の説明をする。
「いや、それもそうですが……あなた消滅魔法なんて、それも範囲魔法規模で…………そこから旧公都への長距離転移……どれだけ卓越した魔法使いなんですのよ」
やや落ち着きを取り戻しつつも、驚愕しながらリーシャ嬢は僕への評価を述べる。
「まあそれは昔頑張って鍛えたってだけだよ。それより、僕のことは軍や警察には言わないでおいてくれるかい? 全然お金を払う、金額を提示してくれ」
リーシャ嬢の評価をさらりと受け流し、僕は話を戻す。
お金で解決できるならしてしまいたい。
一応グリオン君の手伝いをしてそこそこ良い額の報酬を受け取っているので実はまあまあのヘソクリがある。
特に使い道もないし、お金で解決できてしまうならそれが一番手っ取り早いのだ。
「いや……、私は実家が太いですし人気選手なので生まれてからお金に困ったことがありません。それより……あの」
流石元貴族家のお嬢様という返しをして、リーシャ嬢はそのまま。
「私を……弟子にしてください!」
なんて、突拍子もないことを言い出した。
「私は今……端的に言って伸び悩んでいます。去年の本戦では一回戦でライラに負け、今年は予選でチャコール・ポートマンに負けました」
驚く僕に畳み掛けるように、リーシャ嬢は語り始めた。
「さらにライラはチャンピオンであるシロウ・クロスをギリギリまで追い詰めていたし、チャコール・ポートマンは前回準優勝のニックス・ガーラを倒した」
リーシャ嬢は昨今の【総合戦闘競技】シーンを語る。
確かにシロウとライラの試合はかなりギリギリだったし、チャコールの登場にも驚いた。
生まれた時に会ったっきりだったから、あんなブラキスと賢者の良いとこ取りみたいな育ち方していたのにも驚いたけど。
なによりグリオン君の甥っ子のニックス君を倒すなんて、ニックス君も結構やるはずなんだけど。うちの子ほどじゃあないけどね。
「私は完全に置いていかれている……現状、私がシロウ・クロスを追い詰めることもニックス・ガーラを倒すことも出来ないしライラやチャコール・ポートマンにリベンジを果たすイメージも出来ない」
僕の思考をよそに、語りは続く。
まあその四人に関しては確かに、頭一つ二つ抜きん出ている。チャコールは競技者としてはまだまだ未熟かもしれないけどカタログスペックは人類最強格だ。
「トップ層の選手と私に才能の差はそこまでない。というか才能なんて言い訳に使いやすいだけの言葉を私は使いたくない。でも差は出来ています」
さらにリーシャ嬢と語りは続く。
これには完全に同意だね。
僕に才能なんてものは一つもなかったけど、正直誰にも負ける気はしないくらいにはなった。
才能は存在するし、覆せない天才も存在はするけどそんなものは一方向から見た時の成長速度や達成率の評価でしかない。
天才画家に殴り合いなら勝てるし、プロボクサーに画力でなら勝てる。
勝負において強さや才能は重要な要素ではあるが、絶対じゃあない。
「鍛錬、訓練、努力、かけた時間もおそらくそこまで変わらない。年齢も近いから使える時間は同じはず。だったら違うのは密度と効率……そして、それらを可能にする指導者の存在」
やや力の籠った声でリーシャ嬢は言う。
なるほど、言いたいことがわかってきた。