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04仕事が早いやつはそのうち暇になる

「シロウ・クロスは帝国最強の軍人ジャンポール・アランドル=バスグラム氏を師事しているし、ニックス・ガーラもダウンの王族親衛隊長であるグリオン・ガーラ氏から鍛えられたと聞きました」


 リーシャ嬢の語りは続く。


「さらにライラの父は旧公国勇者パーティの指南役だったらしいのです。そしてチャコール・ポートマンの母は元勇者パーティの魔法使いだったとのこと」


 さらに、ライラとチャコールについても語る。


 へえ、よく調べて……いやそうか旧公国貴族なら勇者パーティ絡みの情報は入りやすいか。賢者についてはともかく、バリィが勇者パーティ指南役なんて情報は旧公国民でも知ってる人間はひと握りだ。


「各々、最強の系譜を継承しています。私には……悔しいけれど、それがない」


 苦い口調でリーシャ嬢はそう漏らす。


「ハッピーデイ家は元々軍部と関わりはあれど基本的に戦闘を行うような役割にはありませんでしたのでそういった継承はありません。強いてあげるなら魔法拳のやり方を祖父から教わったくらいで、実戦に落とし込んだのは私自身です」


 自身の家について語る。


 なるほど魔法拳は祖父から習ったのか、ニッチ過ぎる上に難しいのに効果が懐疑的な技術だけど確かに使い所が上手ければ強力な武器になる。


 まあ魔法は中遠距離で使う方が絶対に強いとは思うけど、少なくとも疑似加速対策にはドンピシャではある。


「決定的な、達成の仕方というか勝ち方のノウハウが私には足りていません。身近にそういったノウハウを持つ者がいなかったのですが」


 リーシャ嬢は再び語りに力を込めて。


「あなたが現れた」


 目から鮮やかな炎を揺らしてそう言った。


「詳しくはわかりませんが恐らくあなたはシロウ・クロスと同じくジャンポール・アランドル=バスグラム氏を師事している、卓越した魔法使いです」


 そのまま僕の目を真摯に見つめて語る。


 僕がジャンポール君を師事……? いやまあそう見えるか、彼の方が七つくらい若いんだけど僕の方が若く見えるし仮面もつけてるしね。悪い気はしない。

 かつての『超加速』や疑似加速の影響による肉体へのウラシマ効果ってやつが働いて若干老化が遅かったらしい。


「お願いします! 私を弟子にしてください‼ 私に勝ち方を、戦い方を教えてください‼ むしろこちらからお金を払います! 常識の範囲内でエッチなこともしますっ‼」


 目からさらに強く炎を吹き出して、爆熱といえる熱量でリーシャ嬢は僕へと懇願する。


 いやはや……。

 彼女の常識の範囲内がどのくらいのものなのか興味がないわけじゃあないが、息子と同じ年頃のお嬢さんを口説くのは流石に常識の範囲から逸脱している。


 というか次やったら殺されてしまう、セツナは未だに焼きもちで人を殺せる。ありがたい限りだ。僕らの夫婦生活は二十年経っても円満です。


 うーん、まあ普通に考えたらお断りするしかないんだけど。


 帝国軍に僕がダウンと組んで暗躍してるのがバレるのと、彼女に基礎的な身体操作やらを教えてまあまあ戦えるようにするのならどっちの方がめんどうだろうか……。


 あー同じくらいかな……なんだかんだ色々こみこみで、僕にかかるウェイトはトータルでトントンくらいか。


 だったら。


「わかった、良いだろう。ただし僕が教えるのは基礎的な身体操作や魔法知識だったり対人における立ち回りくらいだ。それらを競技に落とし込むのは君自身だよ」


 僕は頭の中の天秤に従って、リーシャ嬢へと答える。


 どうせどっちもめんどくさいのなら、若い女の子を取るのは当然の話だ。

 エッチなことを期待しているとかじゃあなくガクラやジャンポール君やディアールなんておじさんに囲まれて過ごすのと若い女の子に慕われるんだったら選択肢として成立すらしてないだろ。


 それに、指導者による成長速度の違いは誰よりこの僕が世界で一番理解していることだ。


 僕はジョージ・クロス先生と出会わなかったら、今の人生はなかった。

 シロウも生まれてなかっただろうし、セツナとも出会えず結婚もしてなかったし、世界に魔物やスキルも残ったままだった。


 それが世界にとって良いことだったとか、正義を語るつもりはないけど。

 少なくとも僕自身は幸せに暮らしているし、指導者の影響力の重要性は誰よりもわかっているつもりだ。


 さらにもう一つ、僕は彼女にちょっと共感してしまったんだ。


 僕もライラには負けたままだからね。

 二十年前、見事にバリィとライラに負かされて泣かされてしまっている。


 彼女のリベンジに僕もいっちょ噛みしたくなった。


 ここから日程の調整やら、場所についてを話し合って連絡先を交換し。


「そういえば、あなたのお名前は? 何とお呼びすれば良いのでしょう」


「あー、もちろん本名は教えられないから。なんでもいいよ」


 彼女の問いに僕は当然の返しをする。


 適当な偽名を考えても良かったけど、単純に面倒だしなんでもいいので任せることにする。


 僕の返事を聞いたリーシャ嬢は。


「なんでも……うーん、黒ウルトラスピードブラックマスクマンは……長いか……黒ウルトラ……黒ウル……黒ウ……ブラックマスク……黒マスク……黒マス、黒ス……黒ウ黒ス……? うん、よし」


 そんなことを呟いて。


「黒仮面師匠と呼ばせていただきますわ!」


「あー、ビビったぁ。いいよそれで、よろしくね」


 彼女の決めた呼び名を慄きながら採用する。


 ニアピンどころか一回僕の本名を呟いてたんだけど。こっわ、えーそんな掠ることあるか? クロウ・クロスって。


 あー怖かっ…………黒仮面師匠……? ぼ、僕はこれから黒仮面師匠と呼ばれるのか……?


 適当に名乗れば良かった……っ、なんか……ジョージとかジスタとか知ってるところの名前でも言っておけば…………黒仮面師匠……だっせぇ……。


 まあ、仕方ないか。

 何でもいいのは事実だしね。黒い仮面をしているし別にいいか。うん、そう落とし込もう。


 なんてやり取りをして今日のところはリーシャ嬢とは別れ、僕はダウンに跳んだ。


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