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11そして無様に蘇る

「うお、え? ソフィア嬢……? アカカゲもいんのか!」


 跳ばされた先で、ライラさんのパパが私たちを見て驚きの声を上げる。


 その場にはライラさんのママと、間違いなくチャコール氏の親族であろう大斧大男の姿もあった。


 助ける……そっか、勇者パーティはフルメンバー揃って万全だからかつての仲間たちへの加勢を……。確かにライラさんのパパたちならアカカゲへの理解も深い。


「うわーやっぱちょっと老けたなおまえら、メリッサが若すぎたんだな。今かなり二十年を実感したわ」


 かつての仲間たちを見て、アカカゲはあっけらかんと返した。


 そんなやり取りをしているところに、魔力反応。

 ほぼ同時に二人の人が転移してくる。


「おら馬鹿ども来てやったぞ…………っておいなんかアカカゲみてぇな……は? なんだそれ」


 ぶっきらぼうで目つきの悪い双剣の男性がアカカゲを見て、驚きの言葉を向ける。


 後ほどわかることだけど、メリッサさんやダイルさんの師をしていたブライ・スワロウ氏らしい。

 あの【総合戦闘競技】ブームに火をつけた帝国最強の軍人ジャンポール・アランドル=バスグラムとの模擬戦を行った謎の双剣男だという。


 流石に競技者としてあの模擬戦は何度も見ているから、なんか絵本の中から飛び出してきたキャラクターと対面している気分だ。


「嘘でしょ……え? アカカゲ?」


 さらに一緒に跳んできた魔法使い風の女性もアカカゲを見て慄く。


 これも後ほどわかるんだけど、この方はあの魔動結社デイドリーム開発部長を務めるあのセツナ・クロス氏だった。

 つまり『纏着結界装置』の生みの親で、『転移阻害転移結晶』の実用化を行った超弩級魔道具技師。私のような末端研究員からしたら空想上の生き物に出会ったような気持ちになった。


「……いや俺はアカカゲではない、そうだ。アカカゲをモデルに造られた自動人形だ。だから対人戦にはならない、模擬戦も喧嘩もしない」


 アカカゲは二人に対して、変な嘘を返す。


 どうやら蘇ったことがわかると確実に対人模擬戦を挑んでくるであろうブライ氏が面倒くさすぎて嘘をついたみたい。


「よし、じゃあリコーとアカ……アオカゲで盾役してブラキスとブライでセツナが後衛火力で俺がサポートに回る。ソフィア嬢も基本はアオカゲの世話だが人形での陽動を頼む」


 さらっとライラさんのパパが場を纏めるように役割り配置を述べる。


 私も頭数に入ってる。

 頑張ろう、私は今アカカゲという凄腕冒険者の相棒なんだ。

 外部動力源じゃなくて、後衛魔法使いとしてサポートするんだ。


 私が静かに覚悟を決めて、覚悟が目から魔力に反応して炎として揺れたところで。


 さらに、転移反応。


「……え…………アカカゲ……?」


 転移で現れた、とんでもない美女はアカカゲを見て驚きの声を漏らす。


 な……っ、ええ……美人が過ぎる。

 年齢が見た目からわからないけど、反応から見てアカカゲの仲間だった人なんだったら四十代前後だとは思うけど……どう見たって二十代後半くらい……。

 メリッサさんもそうだけど、なんかトーンの町で暮らすと歳を取らなくなるみたいなのがあるの?


 思わず見蕩れてしまう。


「なあ……っ………………違う、俺は…………アオカゲ。アカカゲを模して造られた自動人形だ…………。戦闘状況に入るぞ」


 アカカゲは驚愕してから、慌ててまた嘘を述べて口元をマフラーで隠す。


 魔力操糸から凄まじい動揺が伝わってくる。

 アカカゲの精神性はかなり独特というか、世の中ことの大半をどうでもいいと考えているタイプの人間なのに……。


 そんなアカカゲの中で、心を動かすほどの存在。

 間違いなく、


「……私、結婚した! 子供も二人いる! みんながくれた時間を幸せに生きてる! 幸せに……幸せになったよ……っ!」


 堰を切ったように、胸の中に積み重なった思いを吐き出すように、超絶美人はアカカゲに語りかける。


 アカカゲ氏は美人に背を向けて、背中で聞いている。


 顔は見えない。

 でも、魔力操糸から凄まじい量の感情が溢れだしている。


 私はその重い思いに当てられて、涙が零れる。

 自動人形のアカカゲには涙腺はあるけど涙自体は流れない。

 私は今、アカカゲの代わりに泣いている。


「ありがとう。ずっと伝えたかった…………、本当に……本当にありがとう」


 美人も目から涙を溢れさせながら、アカカゲへと繰り返し感謝を伝える。


「大好きだった……っ、今でも夢に見る。本当に……本当に大好きだったんだ。……ごめん、一緒に幸せになれなくて……ごめんなさい」


 美しい顔をくしゃくしゃに歪めながら、溢れる思いをアカカゲへと伝えた。


 アカカゲの心が、震えている。

 驚きや哀しみや喜びや後悔がぐちゃぐちゃに、私を溺れさせる。


 それでもアカカゲは、努めて穏やかに。


「……良かった。幸せなんだったら、本当に良かった……。俺こそ、一緒に……幸せになってやれなくて、ごめん。……昔より綺麗になったな、キャミィ」


 振り返ってマフラーから口元を出し無い眉を上げて、優しい笑顔でそう言った。


 凄腕美人バトルヒーラー。

 キャミィ・マーリィ=バスグラムさん。


 あの帝国最強の軍人、ジャンポール・アランドル=バスグラムの妻であり。

 アカカゲの冒険者としての同期でパーティメンバー……というだけではなく。


 もっと……特別な関係だった人だ。


 かつての【西の大討伐】でアカカゲは……いや討伐に参加したトーンの町の仲間たちは、キャミィさんを守るために命を使い切った。


 死にゆくアカカゲは願った。

 キャミィさんの幸せを、幸せな人生を。


 その死に際の重い思いと想いは、地面に血潮と共に染み付いて焼き付いた。


 これは二十年の時を経た、答え合わせだった。


 自分が生きた人生と、死における意味の答え合わせ。


 私は少しだけ、この瞬間だけは。

 アカカゲを蘇らせることが出来て良かったと、心から思えた。


 もちろん。

 ここだけを切り取って私の罪を肯定するようなことは出来ないし、しない。


 でも今だけは、たった今この瞬間においては。

 私は私の研究を、誇りに思う。


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