目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

20

01顧みないことは力ではない

 僕、クロウ・クロスは世界崩壊を阻止すべく動くただのおっさんだ。


 現在、【ワンスモア】って連中がなんか色々はしゃいで大変なことになってる。

 ってのはなんかもう、別に良い。


 なんか新たなビリーバーが絡んでるっぽいとか、僕がサポートシステムとエネミーシステムを破壊したことに起因しているとかも正直なんの責任も感じてないし。

 そんなことは別に、大した問題でもない。


 問題はバリィの娘、ライラが攫われたことだ。


 恐らくこのヤバさに気づいているのは世界でも、僕だけだろう。

 バリィ自身も、妻のリコーも、親友のブラキスも、ライラの恋人のチャコールもわかっていない。

 何人か死ぬとかじゃあない、帝国が混乱に陥るなんてことでもなく。


 これは世界そのものすらもライラという一人の娘が世界と同じ天秤に載せられているということだ。


 バリィ・バルーンは世界を滅ぼしうる力を有している。


 無意識下における現実改変能力。

 それと、特殊で堅牢で強固な家庭第一という価値観。


 価値観の方は別に、それ単体なら問題はない。


 一般的な娘を持つ父親よりもやや過剰に親バカではあるが、それはまあいい。うちは男の子だから感覚は違うかもしれんが、子供が大事というのは痛いほどわかる。僕も似たようなものではあるから。


 だがあいつは情けとか容赦とか倫理とか道徳とかを、意図的に欠落させることが出来る。

 普段から欠落してるワケじゃなくて、そうしようと思った時に自分でそれを消しされるのがミソだ。あいつは若い頃、戦闘に脳髄を漬け込み過ぎた。


 多分、必要なら躊躇わずノータイムで子犬を握りつぶすし自分の命ですら勘定に入れていし当然人を殺す。


 あいつの価値観は家庭が一番……というか、家庭とそれ以外なんだ。

 一応かつての仲間たちだったり同僚やら生徒やらも上位にはいるけど、家庭を守るためなら平気で犠牲に出来てしまうんだ。


 実際ライラが攫われ、バリィの頭の中には奪還で埋まった。

 そこで【ワンスモア】の情報を迅速に得るために、かつてのパーティメンバーと賢者でライト帝国軍に殴り込んだ。

 聞いても教えて貰えないことは明白だし、探すのは手間だからというだけで軍施設を襲撃。


 しかも人質として。

 第三騎兵団団長ジャンポールの妻キャミィ。

 帝国軍統括のガクラの妻エバー。

 そして僕の妻であるセツナ。

 この三人を拉致してきた。


 単純に頭がイカれてるのはそうだが、こんな国の要人の妻だったりセツナは大企業のまあまあな役職にいるような人間を当然のように拉致出来てしまうわけがない。


 旧公国賢者……ブラキスの妻であるポピー・ミーシアの転移魔法があったとしても、容易なことではない。それを当然のようにバリィは人質にした。


 しかもセツナとキャミィはバリィにとっては旧知の仲だ。かつての仲間だ。

 それをマジに殺すことも視野に入れて……というかマジに殺される寸前だった。


 

 ライラとリコーのためなら、本当の意味でなんだってやれてしまう。


 キャミィを殺し、セツナを殺し。

 僕を怒らせて、きっとシロウ辺りも巻き込んで。

 自分の要求が通るまで、ライラが無事に帰ってくるまで人を殺す。


 そして、それは止まらない。

 世界から人がいなくなるまで人を殺し続ける。老若男女問わず【ワンスモア】も帝国軍も、それに付随する人間も全員殺すだろう。

 単純にバリィの首でも跳ねてしまえばそこまでのはずだが、そうならない。


 バリィの勝利条件達成能力はほぼ現実改変に等しい域にある。


 これはバリィがその昔『狙撃』というスキルによって無意識に物事を狙い通りの結果に辿り着かせる力を持っていたことに起因するが……まあとにかくその影響というかコツが身に染みてしまっているバリィは思ったことを現実に反映させがちってことだ。


 かつてのスキル……サポートシステムは世界そのものに干渉していた。僕が持っていた『加速』や『超加速』も世界そのものというか時間に干渉し物理現象を無視して何万倍もの速さで動くというものだったように、全てのスキルは世界への干渉するための窓口足りえた。


 まあここで、とんでもない事実を言うとスキルの効果というか世界そのものへの干渉はサポートシステムが無くても出来ることだ。


 魔力という情報伝達により現象に変化するエネルギーに満たされているこの世界は、魔力によって人の思念に影響を受けやすい。


 その一つが魔法だ。

 技術として名前をつけて原理という理屈に落とし込んで具体的なイメージを魔力に伝えて現象に昇華させるもの。

 こんなものはこの星、この世界における魔力が引き起こす事象の一部でしかない。

 まあそんな二十年間僕とタヌーが暇つぶしに検証してきた魔力の可能性についての話は置いといて。


 スキル無しで世界そのものに干渉する域まで、バリィの思念は強く育ってしまった。


 そもそもバリィは天才だった。

 相手を見て、いや見ずとも聞いただけで分析と攻略を直感的に勝利を導き出すような怪物。


 どんな犠牲も厭わない冷酷な精神性の攻略の天才が重い思いと想いがそのまま世界を書き換える。


 【ワンスモア】はそんな世界を滅ぼしうる怪物の逆鱗に触れたのだ。


 今、ライラの生死……いや怪我の有無や程度だけで世界の命運が決まる。

 正直かなり焦っている、バリィは本当にヤバいんだ。


 かつて僕もまあまあ壊れていて、世界を顧みることはなかったけれど。バリィの場合は正常でこうなんだ。


 僕は公国潰してスキルと魔物とステータスウインドウを消して、先生が死んだことを認めて、多少なりとマトモになった。異常から正常に戻った。


 でもバリィはアレで正常だから、戻しようもないし直しようがない。つまりマジにこのままだと世界は崩壊する。


 なんて、長々と僕の親友について考えつつ。


 宇宙空間で疑似加速を発動する。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?