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04顧みないことは力ではない

 この拠点は外から見た通り、円形状でバームクーヘンみたいに中心に向かって何層にも重なるように区切られている。


 一番外壁であるさっきの与圧室から暫くは隔壁兼通路的な役割で何もないしスカスカだ。

 でも拉致被害者を収容している牢屋の区画も比較的外周に位置しているのでそこまで遠くない。


 というか、この拠点は侵入者を想定していない。

 迎撃用のトラップも無いし、そのための人員編成もしていない。

 騒いだから人を集めてなんとかしようとしてはいるみたいだが、かなり【ワンスモア】側もパニック状態っぽい。


 まあ宇宙にまで殴り込みに来るとは考えないだろう。


 そうこうしているうちに、牢屋区画へ到着。


 ……? なんだ? 牢屋の格子は破壊されてないが隣の牢との壁が破壊……いや斬り崩したのか?


「おーい、誰がいるかー! 助けにきたよー!」


 一応警戒しながら、僕は牢屋に向けて声をかけると。


「あ! こっちだ! 助けてくれー!」


 少し奥の方から若い男の声が聞こえる。


 声としてはマヌケっぽいが一応警戒して近づくと。


「待て、ビジィ……この声、聞き覚えが……この虫唾が走る声……っ! 気をつけろ‼ 罠だ‼」


 さらにもう一人男の声が響き渡る。


 あれ……僕も聞き覚えがあるな。誰だっけ……とりあえず声の主を確認すると。


「あー君か。えーっとダイル・アルター君だっけ、メリッサは元気にしているかい?」


 僕は声の主、勇者パーティの戦士ダイルに向けて落ち着いて声をかける。


 二十年前、公国落としの際に交戦したメリッサの仲間だ。

 たしか『万能武装』なんてスキルを持っていた。まあ確かに高位のレアスキルって言われてたから勇者パーティの面々は【ワンスモア】に狙われる。


 久しぶりだな……、そしてしっかりと僕は嫌われたままみたいだ。

 まあそりゃあそうか。彼は公国の最大戦力で、僕は外患誘致で国家転覆を行った超弩級の凶悪犯だ。


 そして、彼らは帝国の管理下に置かれ様々な制限の中での生活を強いられている。


 僕のことを本気で殺すために鍛え抜いた戦士。

 加速した世界の中で、僕を追い詰めたパーティの前衛だ。


「っ……てめ、何でてめえがここにいんだっ! 勝手に俺を助けるなコラ! 恨みはらさでぶっ殺す……っ‼」


 凄まじい怒気を放ちながら、ブライのように二本の剣を構えて怒鳴り散らす。


「えー……俺出たいんだけど」


「だあってろビジィッ‼ こいつの助けで出たら適当な罪でっち上げて逮捕すんぞ‼」


 一緒にいた若者……ビジィ君は気だるそうに漏らすが、ダイルは遮るように声を荒らげる。


「やめとけよ……、絶対に僕が勝つから。それに【ワンスモア】なんて雑魚共に捕まるなんてマヌケ晒しといて吠えるなよ」


 僕は落ち着いて、丁寧に返す。


 まあ下手に出る必要はないし、出たらいけない。

 僕は彼らの宿敵、そうなることを僕が選んだ。


 


 僕が彼らに出来るのはそれだけだ。


「ダイルさん‼ ライラちゃんは! いるんだろ⁉」


 チャコールが僕らの会話を遮るように尋ねる。


 そりゃそっちのが重要だわな。


「チャ……っ、マジか! マジに来やがった‼ この列の一番端のにいるはずだ! 行ってやれ‼」


 チャコールの姿を見てダイルは怒気を収めて、真摯に答える。


 それを聞いた瞬間、地面を捲り上げるほど蹴りあげてチャコールは駆け出した。


「うーん青春だねえ。ほら格子を壊すから離れろよ、君じゃ壊せなかったんだろ」


 僕はそう言って、格子に手を向ける。


 鉄ならダイルでも壊せてた……なんだろこの材質、まあいいか消滅させれば。


「てめぇ……、いい気になってんじゃねーぞ。ここから俺を出してみろ、その瞬間首を跳ねる」


 ダイルは一度落ち着いたことで、研ぎ澄まされた殺意を剣に乗せて構えながらそう言った。


「あのね……僕より速く動けるわけがないだろう。相手を見て言ってくれ」


 僕は冷たく、悪の怪物として返す。


「もうスキルはねえんだぞ?」


「君もね。それに今、メリッサはいないんだぞ?」


 目から炎が揺れる彼の殺意に対して、僕も目から黒い殺意を漏らして問い返す。


 邪魔だなぁ……。

 正直ライラさえ無事なら他はなんでもいい。


 バリィによる帝国崩壊を阻止したいのは、僕と僕の家族を守りたいだけだ。


 散々棚に上げてバリィの異常性を語ったけど、僕も僕で別に壊れてないわけじゃあない。


 ごく個人的な理由で魔法国家ダウンを襲撃し。

 ライト帝国を技術提供や作戦で拐かし。

 かつての仲間を敵に回してまでセブン公国を落とし。

 地下二万メートルまで掘り進め。

 四十八億の四乗通りのパスコードを総当りで解析し。

 サポートシステムとエネミーシステムを破壊した。


 それが僕だ。


 僕の物語は二十年前に完結し、そこから二十年をかけてまともになった。

 でも、加速した世界の膨張した時の中で何十年も狂い続けて壊れ続けていたんだ。

 たった二十年で正常に戻りきるわけがないのさ。


 ……メリッサには悪いけど、殺しておくか。


 僕は無音無動作で消滅魔法を――――。


「いやいいからさっさ出してくんねえか……おっさんたちのガチ喧嘩とかダルいって。どうせぐだぐだの喧嘩になるんだから止めとけよ。なんならこの全帝出場のファイブ・セブンティーンが相手になるぜ?」


 僕がダイルを殺そうとしたところで、ビジィ君が堂々と宣った。


 ほぼ同時に一瞬、僕とダイルは凄まじい殺意をビジィ君へと向けてしまったところで冷静になる。


 あぶねー無関係の若者を殺してしまうところだった。流石に落ち着くか……、ふー。


 いつでも殺せる、今じゃなくていい。


「休戦だ、人命最優先だよ」


 僕は先んじて建設的な提案をする。


「ちっ……いいだろう。俺はこれでも警察官だ、おまえは後でパーティでフクロにして殺す」


 ダイルも提案を受け入れてそう言いながら件を納める。


 とりあえずこれで拉致被害者たちとの合流は出来た。


 後は脱出と……ついでに再発防止策として【ワンスモア】の殲滅をしておしまいだ。わりとがっつりクライマックスでもある。


 なんて余裕ぶっているけれど。


 この後【ワンスモア】のリーダーで自称ビリーバーのナナシ・ムキメイとの戦いにて。


 僕はこれ以上ないほど無様に惨敗することになるんだが。


 その辺はあまりにも個人的な理由で、あまりにも無様で僕らしからぬ話なので。


 僕から語るのはここまでとする。


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