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03人生の半分は打算だけどもう半分は結局は愛

 憧れと私のために完成した人類最強は、必ず私を助けに来る。

 楽観でも妄言でも戯言でも慢心でもなく、確信。


 絶対にそうなる。

 だから私に不安はない。


 私は脱出に備えて体力を温存するため、じっと待つ。


 出来るだけこれ以上は何も考えない。

 なんでまだチャコが来ないとか、外がどうなってるとか、パパとママの安否とか。

 絶対に考えない。


 ただじっと待つ。


 そして。


「――――――ライラあぁぁああああぁあぁぁあああ――――――ぁあああッ‼」


 空気を震わすほどの声量と、地面を捲り上げる勢いの足音。


 私は振動に共鳴するように、全身の細胞が泡立つように身体が軽くなる。


 溶けて消えてしまいそうなほど、私はその声に吸い寄せられるように立ち上がり。


「……っ、ここだよ‼ チャコっ‼」


 私は返す。


 凄まじい勢いで、私とチャコを隔てる格子を素手で引きちぎって開く。


 その開かれた胸に、私は飛び込んで抱きしめる。


 伝わる熱と鼓動に身を溶かし、心が溢れ出し。


「…………っ、こわ…………、怖かっ…………た……」


 私は溢れる想いをそのまま吐き出す。


 ああ、涙が止まらない。

 怖かった、心細かった。

 不安でどうにかなりそうだった。


 考え続けることで誤魔化していたけど、怖くないわけなかった。


 考え続けることで考えないようにしていただけ、本当に怖かった。

 私は軍人でも冒険者でもない、単なる司書で競技者の小娘だ。

 テロリストに拉致されて、怖くないわけがない。


 泣きじゃくる私をチャコはぎゅっと抱き返す。


 まあここから数分間、互いの体温が同じになるまで抱き合ってこれ以上は収拾つかなくなるギリギリのチューしたところで。


「そろそろいいかい? いや全然イチャつくのは構わんし別にバリィにも言ったりしないけど……そろそろ動きたい」


 黒仮面に黒髪、黒スーツで黒コートの男が声をかけてきた。


 なんか……直感でわかる。

 この人、トーンの町のなんかだ。

 というかなんか懐かしい、多分会ったこともある。


 そうか、この人が……クロウ・クロスさんだ。


 完全に失念していた。

 パパが私を助けるんなら、一番最初に動かす最強の手札はクロウさんだ。


 パパ曰く、この世界から魔物とスキルとステータスウインドウを消し去るついでに勇者パーティを畳んでセブン公国を落とした個人。


 つまり、


「よし、とりあえずライラの無事は確認できた……。ここから拉致被害者を連れて脱出組とこのまま【ワンスモア】を殲滅する組に分ける」


 安心した様子でクロウさんは淡々と話を進める。


「チャコール、おまえライラと雑魚戦士連れて脱出しろ。なんか『転送装置』ってのがあるらしいから、それ使って地上に跳べ。クソ雑魚ナメクジの馬鹿戦士だけだとライラ守りきれない」


 クロウさんはチャコに向けて、ダイルさんへの悪意を乗せた指示を出す。


 うわー、やっぱ仲悪いんだそこ。

 私からしたらどっちもパパのお友達なんだけど、友達の友達は敵同士っていうめんどくさい感じになってる。


 ざっくりとしか知らないけど、クロウさんは勇者パーティの標的だった。実際クロウさんはセブン公国的には外患誘致と国家転覆を目論むスーパー凶悪犯だったから当然。


 でもライト帝国が……いやクロウさんが勝った。

 この溝は二十年じゃ埋まらないし、多分もう埋まることはない。


「……試してみるか? 雑魚かどうか」 


 空気が渇いて肌がピリつくほどの殺気を燃やし、目と口から真っ黒な炎を纏った言葉を出しながら剣に手をかける。


 ええ……? ダイルさんってこんなに怒る人なの……? 怖い怖い、なんなら拉致されて今が一番怖い。


 クロウさんは、これを倒したの……?


 いや、別に今考えることじゃあないけど。

 だとしたらシロウ・クロス弱すぎじゃね……? うちのパパが妙にシロウの評価低いと思ってたけど。


 確かにクロウさん知ってたら、相対的にあいつ弱すぎるわ。

 なんか来年なら勝てる気してきた。


「いやもう散々試したろ、僕は君に負けたことがないし負けることはないよ。これは結論だ」


 クロウさんはダイルさんの殺気を意に返さずに、冷たく結論付ける。


 いやー……この人強いわ。

 マジに微塵も自分が負ける想定をしてない、それだけの技量があるんだ。


 そんなおじさんたちのいがみ合いをよそに。


「…………うん、最優先はライラちゃんだ。僕が連れて帰――――」


 少し考えてチャコが返そうとしたところで。


!」


 私はチャコの顔を両手で挟むようにこちらに向けて、目を合わせて名前を呼ぶ。


「今、私たち以上に【ワンスモア】の心臓部に食いこんでいる人間は居ない。。これ以上こんな拉致事件が続けば、あんたのママやクライスさんやメリッサさんやパンドラちゃんまで狙われることになる。あんたはその度に腹を立てて、心を殺して、助けに動くつもりなの? そんなことは馬鹿がやることよ!」


 続けて、私はチャコに捲し立てる。


 チャコは今、合理性や私の存在で妥協しようとした。つまりビビったんだ。


 これはチャコの可愛いところでもあるけれど、致命的な悪癖だ。


 チャコはここぞという場面で引いてしまう癖がある。

 うちのパパを殺しかけた時も、申し訳なさで私と会わないことを選択した。

 でもあれは、私たちも悪かったけどスズちゃんを人質にしたパパが極悪過ぎたわけだからチャコが引く必要はない。


 優しさで引くことを、衝突から逃げる言い訳にする癖がある。


 冒険者になる為に旧公都へと赴いて、現代の冒険者たちを見て結局冒険者ギルドで職員になった。


 ダメな仕事なんだと失望したのはいい、冒険者にならないのも別にいい。

 でもチャコは、人生のほとんどを冒険者になる為に鍛えてきたのにも関わらず引いてしまった。


 なれば良かったんだ。

 職員なんかになって、その優秀さを無駄に使われるくらいならスーパー冒険者になって世界に本物の冒険者ってやつを見せつけてやればよかったんだ。


 つーか、パパを殺しかけた時に私を攫っても良かったんだ。駆け落ちしちゃえば良かったんだ。


 いやもちろんそれが正しいことだとは思わない、でも引くくらいならぶつかりに行けばいい。

 世界と戦うくらいの力量はチャコにはあるんだから。


 私は目から漏れる熱を、チャコに真っ直ぐと伝えて。


「馬鹿な【ワンスモア】共はここで畳む‼ ここで終わらせんのよ!」


 チャコの、潰してやった。


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