「おいおい、僕はライラの安全が第一なんだ。勝手に――」
「私を舐めてます? クロウさん、私はあなたに勝ったことがあるはずなんですけど」
私は口を挟もうとするクロウさんに被せるように、たっぷり堂々と言ってのける。
まあこれは事実なのかは正直私にはわからないというか、覚えてないけど。
パパは二十年前、旧公国が落とされるその日にまだ赤ん坊だった私を連れてクロウさんと対峙した。
クロウさんは当時『超加速』という非常に強力なスキルを持っていた。
その『超加速』を用いてスキルやら魔物を消し去ろうとしていた。
そのスキルや魔物を消している、クロウさんとしては一番嫌なタイミングでパパは私を連れて立ちはだかった。
私のスキルは『無効化』だった。
クロウさんの『超加速』を使えなくして、パパは妨害を行った。
そしてクロウさんは女子供を絶対に傷つけられない『優しくなくてはならない』という病を抱えていた。
今もそうなのかは知らないけれど、少なくとも当時赤ん坊の私が発揮する『無効化』をクロウさんはどうすることも出来なかった。
どんな話があったのか、詳しくは知らないしそこはパパとクロウさんの物語だけど。
この話をするパパのしたり顔は、絶対に勝った時の顔だ。
私たちはこの世界最強が一番強かった時に、世界で唯一敗北を与えたことがある。
だから、この人は私を単なる小娘として片付けることは出来ない。
「確かに…………その通りだ。わかった『転送装置』の位置を共有する」
クロウさんはとてつもなく苦虫を噛み潰したような顔をして、悔しそうにそう返した。
うお……マジじゃん。
パパってマジでクロウさんに勝ったことがあるんだ……。
疑ってたわけじゃないけど、ここまで効果的だとも思ってなかった。
これかなり使える手札だけど使いどころ難しいな……、まああんまり悪用はしないようにしとこ。
そこから。
クロウさんが【ワンスモア】の奴から抜き取った情報を受け取り。
「よし、必ず無事に脱出しろ。一応広域魔力感知とか索敵はしておくしヤバそうなら助けに入るつもりではいるが……まあなんとかしてくれ」
穏やかな口調でクロウさんは私に向けて言う。
チャコ、クロウさん、帝国軍人の御三方はそのまま【ワンスモア】の掃討とリーダーであるナナシ・ムキメイの捕縛または抹殺の為に中枢へ向かう。
「チャコ! ぶちかましてきて!」
私はチャコに対して激励の言葉を向ける。
本当はチューしたいけど、多分今チューしたらまあまあ長くなるので流石にやめとく。
「……ああ、消し飛ばしてくるよ」
目に真っ黒な炎を燃やして、チャコはそう返し。
私、ダイルさん、ファイブ・セブンティーンの三名で合流できた他の拉致被害者二名を連れて『転送装置』を目指した。
一応ここ、この拠点のざっくりとした全容も共有されたけど……宇宙空間に……どうやって作ったのよ。
しかも重力魔法と風魔法で無理矢理一気圧環境を再現してるって……、凄まじい技術力だ。
そして、本気だ。
本気でナナシ・ムキメイは、この世界を【大変革】より前へと戻そうとしている。
懐古主義……正直、ピチピチの二十代そこのそこの乙女としては全く理解が出来ない。
何一つ不便はないし、魔物モドキと戦ってみたけど別になんにも面白くはなかった。
戦いたいなら安全な競技があって。
学びたいなら学校があって。
底の見えない未知がまだまだあって。
頑張れば幸せに生きられる。
今の世界に不足があるように、私には思えない。
でもまあ、これは私が両親の愛を一心に受けて生まれ育って。
ちゃんとした教育で教養を得て、多少のわがままが許されるくらいの家庭環境で。
仕事があって、収入があって、恋人がいる私では。
世界には見えないところが多すぎるって話なのかもしれない。
そんなことを考えつつ、拉致被害者を守りつつ隠密行動で少しずつ『転送装置』へ進み。
「――!」
先頭を進んでいたダイルさんが、ハンドシグナルで後続に停止を促す。
ダイルさんの視点の先をゆっくりと覗き込むと、そこにかなり広い部屋……というより体育館のような広さの場所。
壁にはずらりと並ぶ『転送装置』と。
部屋の中央の大きな機械の前で、何かをしている四人の男。
四人か……、正直普通に戦ったら多分勝てる。
でも恐らく四人とももれなくスキル持ち、この中で対スキル持ちとの戦闘経験があるのはダイルさんのみ。
全帝出場選手である私とファイブは一般の人よりは動けるとはいえ『纒着結界装置』を使わない実戦なんて経験はない。
さらには非戦闘員の拉致被害者が二名……、これは戦闘は避けるべき場面だ。
「ライラ……全員に対して光学迷彩とか気配遮断は使えるか……?」
ダイルさんが小声で問うので、私は首を横に振る。
一応光学迷彩は使えるし『四枚羽根』に付与したりは出来るけど、五人全員には出来ない。私は魔法学校出身だけど魔法学校で超珍しい体育会系なのだ。
そんなところで、私とダイルさんの肩が叩かれ振り向くと。
たっぷりとしたドヤ顔を親指で指すファイブ・セブンティーンがいた。
そのままファイブは全員に光学迷彩魔法をかける。
こいつ……思ったより器用なのね。
多分あの時の魔力量で戦えないことを想定して、コンディション毎に戦術を変えるために色々と覚えたのね。
…………いやこいつマジでまだまだ伸び代ある、今はマジに助かるけどわりと今のうちに対策考えといて良いかもしんない。
それはさておき。
姿を消した私たちは、こそこそと侵入し『転送装置』へと接近。
私は『転送装置』を確認する。