僕、チャコール・ポートマンは冒険者ギルドでギルド職員をやっていた。
本当は冒険者になりたかった。
僕の父親であるブラキス・ポートマンは、その昔冒険者だった。
親父はよく冒険者時代の話をしてくれた。
楽しそうに、面白そうに。
さらに冒険者時代の仲間である、バルーン夫妻も面白い話を聞かせてくれた。
魔物討伐。
分析と攻略、根性と勇気。
超人的な冒険者たち。
対人最強の喧嘩屋双剣使いとか。
殺意で濁った魔道具技師の魔法使いとか。
後に勇者となる町一番の悪童とか。
超絶技量のベテラン勢とか。
超絶美人のバトルヒーラーとか。
大ポカかましの有能回避盾とか。
世界最強のギルド職員とか。
そんな愉快な仲間たちとの、冒険の日々。
僕は子供の頃、そんな話を嬉々として聞いていた。
まあ僕が生まれ育った村は田舎すぎて娯楽が少なかったし村には同世代の子供も居なかったから他に楽しみがなかった。
だから、僕は冒険者になる為に鍛えるくらいしかやることがなかった。
とにかく頑張った。
本当にそれ以外に言いようがない。
親父のような怪力になるように。
おふくろのように魔法を使えるように。
バリィさんのように狡猾に。
リコーさんのように鉄壁に。
クライスさんのように何でも治せるように。
ずっと鍛えられた。
大人たちは、嬉しかったんだと思う。
子供の僕が大人たちが培った技術を継承してくれるのが。
僕は親父に似て身体が大きく強く、おふくろに似て魔力量と親和率が高かったから教えられたことは大体出来たし反復練習で反射的に出来るくらいにまでなることが出来た。
かなりしんどかった。
でも他にやることもなかったし、出来ることが増えるのは楽しかったし、何より冒険者になるなら必要なことだと思っていた。
何より、僕はライラちゃんに恋をした。
まあきっかけは……もういいか。
正直、そこはもうどうでもいいことだ。
結局こういうことに理屈は必要ない。
僕の中の確信と引力みたいなものが強いか弱いかに過ぎない。
理由は後付けだ。
落ちるもの、引かれて、惹かれ合うもの。
僕はライラちゃんに強く惹かれた。
どうしようもなく、どれだけ身体を鍛えても抗えない強さで加速度的に惹かれた。
それが奇跡的にお互いに作用した。
ライラちゃんも僕を好いてくれた、僕のような木偶の坊の何が良かったのかわからないけど……有難い限りだ。
でもきっと、ライラちゃんより僕の方が好きが強い。
正直ライラちゃんにかっこつけたくて、何があっても守れるように強くなりたくて、ライラちゃんより強くなりたくて。
僕は苛烈な鍛錬に耐え抜けた。
浅ましくは思わない、男はこれでいい。
親父もバリィさんもクライスさんも、根っこはこれでしかない。
でも、これが原因で僕はバリィさんを殺しかけた。
ライラちゃんと……まあけっこうちゃんとイチャイチャしているのがバレてバリィさんがブチ切れた。
こういうとコミカルに聞こえるけど、未成年の我が子がさらに若い未成年の若者と妊娠を伴うような行為をしようとしていたら……責任能力のない者たちによる無責任な行動を咎めるのは当然だし。
ブチ切れるのも、必然だった。
普通にぶん殴られて説教されるなら僕も抵抗はしない。
でもバリィさんは、本当に僕を殺す気で動いていた。
真っ黒な本物の殺意を燃やし、僕へと向けていた。
酸素毒に酸素燃焼爆発に回復阻害に転移先接地罠……、そして人質。
スズを射線に入れて僕を誘き出そうとしたところで、完全に怒りで動いてしまった。
冷静でいられなかった。
怒りで動いてしまった。
考えてみたらスズに攻撃魔法が通るわけがないのに、僕は怒りで大斧を叩きつけてしまった。
しかもマジで殺しきるつもりで。
身体強化を用いて、振り抜いた。
バリィさんは自前の防御魔法と合気ベースの体術と、クライスさんの神がかった回復魔法によって一命を取り留めてしっかりと回復したのだけれど。
未熟だった。
いや、今でも未熟だけど……冷静さを欠いていた。
僕の考える冒険者はこんな挑発には乗らないし。
僕の考える冒険者なら、殺しきっていた。
そこから程なくして、僕は家を出た。
未熟なまま、逃げるように飛び出した。
旧公都に着いて冒険者ギルドへ足を踏み入れたところで、僕は怖気付いた。
僕のような未熟な若造が、親父たちのような冒険者になれるわけがないと思った。
だから一旦、冒険者ギルドの職員になることにした。
職員として冒険者の仕事に触れてから冒険者になろうと思った。
でも僕は現実を知った。
現代における冒険者は、落伍者と同義だった。
昔、セブン地域がセブン公国だった頃のスキル至上主義時代も冒険者は落伍者として扱われていたらしいけど……そういう前時代的な価値観の話じゃなくて。
【大変革】で零れた人間たちの、スキルを失い魔物討伐という職を失っても他に出来ることがなくて犯罪者にもなれないやつらの吹き溜まりと化していた。
冒険者の現実にショックを受けた。
ギルドの仕事も忙しかったし、というかあの程度の仕事でギルド職員の僕が忙しい意味もわかってなかったけど。
僕が思っている以上に、僕は色々と出来るようだった。
普通の冒険者は超長距離転移魔法も使えないし。
消滅魔法も使えないし、戦術級魔法すら撃てないし。
光線魔法すらまともに撃てない。
親父どころかバリィさんより鍛えてないし。
単純に弱い。
僕は一般的な社会ではかなりオーバースペックだったということに、気付かされた。
というか親父たちがそもそもオーバースペックだったんだな。凄いとは思ってたけど、そんな世界の上澄みだとは思ってなかった。
まあだからといって、僕みたいな半端者の若造が他にできることもないし。
冒険者になること以外考えてこなかったし。
他に考える余裕がないくらいにワンオペ業務は忙しかったし。
ライラちゃんもいなかったから、僕は超ブラックギルドのワンオペ職員を続けて。
空き巣強盗騒ぎで吹っ切れて、辞めた。
清々しい気持ちで僕は無職になった。
そんな晴れやかな気分で、まだ先のことなんて全く考えずに安くて腹が脹れる定食屋に行ったところで。
ライラちゃんと再会した。
驚いた。
流石に突然すぎた。
二年……いやもう三年ぶりになるのか。
久しぶりだ。髪が少し短くなったかな。
身体も少し大きくなった。おっぱいも大きくなった。
不安だった。
僕は「久しぶりに会った女が綺麗になっていたら、他に男が出来てると思え」って言われて育ったから。
でも、ライラちゃんはずっと変わらず可愛いままだった。
そして相変わらず、鋭くて打算的で狡猾で最高だった。
そのまま【総合戦闘競技】をするためにサウシス魔法学校に入学して。
全帝国総合戦闘競技選手権大会のセブン地域代表予選に出場して。
バリィさんとも再会して、和解して。
全帝ベスト4を目指すことになって。
色んな人と戦って。
なんか優勝を目指すことに変わって。
なんだかんだ、楽しかった。
今まで鍛えてきたことが発揮できることが嬉しかった。
ライラちゃんにもかっこつけられた。
無駄じゃなかったんだと、少し思うことが出来た。
それでも……僕は、ぼんやりと納得出来てはなかった。
田舎に帰って木こりをするか、旧公都で何か適当な仕事を探すかって選択肢よりは魔法学校の生徒になりながら【総合戦闘競技】の選手をしてライラちゃんともイチャイチャ出来てる今の方が絶対に良いに決まっている。
でも……それでも。
僕は本当にこのために鍛えてきたのか?
僕はこう生きていきたいのか?
そんな疑問が、ずっと心のどこかで燻っていたんだけど。
それどころじゃあねえんだから。