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04この物語の主人公はこれしか出来ない

 少し意外だった。

 善悪なんて価値観を目的遂行の中に組み込むなんて……。


 僕の考え方というか思想はもれなく親父やバリィさんに強く影響を受けている。

 そして親父やバリィさんはもれなく、このクロウさんの思想にこれ以上なく影響を受けている。


 帝国軍人のゾーラさんたちはともかく、善悪なんて流動的な視点や側面による主観でしかないどうでもいい価値観で動くように僕は出来ていない。


 善だろうが悪だろうが、目的の遂行を徹底するだけだ。

 動機は利己的で良い、女でも自分でも金でも怒りでも報復でも憂さ晴らしでも何でもいい。

 だから正直、僕は【ワンスモア】がスキルを再現しようが魔物を生み出そうが心底どうでもいい。

 僕の人生に支障がないならどうでもいい、どこで何しようが興味すら沸かない。

 家族や恋人や友人や仕事……そういったものを害されたら畳むだけ。僕も親父もバリィさんも、無論クロウさんもそうだろう。


 つーか多分今ここにいるのも、【ワンスモア】狩りなんて面倒なことしているのも、家族が起点になっているはずだ。

 奥さんのセツナさんとかシロウ・クロスとかに被害が及ばないようにしているだけのはず。


 なのに、なんでわざわざ善悪なんてものを……。


 こいつらはライラちゃん攫って泣かした。

 二度とそんな真似出来ねえようにここで畳むだけだ。


 疑似加速改と負荷耐性部分硬化パンチで――。


「ああそうだ、みんな疑似加速はしばらく禁止ね。魔力は温存していくよ」


 僕の魔力の動きを感じ取って、先んじてクロウさんは言う。


 温存……まあ仕方ないか。

 ギリギリで疑似加速改を禁止されたので鑑定魔法を使い、相手のスキルを確認。

 クロウさんがやってるの見て、やってみたらなんか見れた。


 先陣を切ってきた『番長』持ちの飛び込み前蹴りに、こちらも負荷耐性部分硬化の前蹴りを合わせてひしゃげさせて風刃斬で首を跳ねる。

 スキルの効果まではわからない、語感や字面から想像するしかないけど効果発揮の前に畳めばいい。


 続けて『皇帝』持ちが杖で魔法を放とうとしている後ろで『召喚士』持ちが、何やら空間魔法のようなものを展開する。


 目視転移で『召喚士』持ちに跳んで負荷耐性部分硬化パンチ、同時に螺旋光線を背面撃ちして『皇帝』持ちの頭を撃ち抜く。


 さらにそのまま『太陽』持ちと『魔剣士』持ちを圧縮空気弾でステリアさんの間合いに飛ばすと、ステリアさんが雷魔法で撃ち落とす。


 ほぼ同時に『裁判官』持ちが大木槌で僕を狙っていたので大斧で木槌を砕いて圧縮水撃で飛ばすと、入れ替わりで斧を持った『処刑人』持ちが僕の首を狙う。


 迎撃しようとしたところで『処刑人』の頭が弾け飛ぶ。テナーさんの狙撃だ、的確で正確な援護……流石だ。


 『流星』からの巨大隕石魔法を消滅させて、接近していた『怪盗』を合気で投げて『羊飼』に叩きつけ同時にひしゃけさせて『流星』をホーミング螺旋光線で撃ち抜く。


 ゾーラさんの姿をした『変身』を容赦なく筋肉召喚で大斧を叩き込んだところに『弾丸』の放った質量弾の弾幕が迫るが、物理障壁で防ごうとするが何発か貫通して脇腹をえぐる。


 痛……っ、ミスった……質量弾のようで魔法だったのか……スキル由来の攻撃は魔法防御で良いってわけでもないんだろう、注意深く確認しなくちゃならんな。


 傷は深くない、即時回復完了。


 ゾーラさんが『弾丸』を雷撃で消し炭にするのと同時に、僕を狙っていた『料理研究家』を重力埋葬で埋めて螺旋光線で撃ち抜く。


 さらに『爆弾魔』の爆裂魔法を風魔法で真空にして不発させて接近していた『舞妓』の頭を掴んで投げつけたところで飛んできていた『外科医』のメスごと螺旋光線で貫く。


 続けて隠密行動していた『盗賊』に筋肉召喚からの負荷耐性部分パンチで飛ばして『鉄壁』の裏に隠れた『探偵』をホーミング螺旋光線で撃ち抜いて『鉄壁』を高純度毒酸素で沈める。


 対応は出来ているし、こちらの技量が上回っている。

 油断はできないし余裕もないが、どこからどう見てもこっちが優勢。

 つまり【ワンスモア】からすれば謎の侵入者によって一方的に蹂躙されていることになる。


 なのに……、なんで、なんなんだ。

 この【ワンスモア】の再現スキル持ちたちは……、なんで。


 なんで、笑顔で死んでいくんだ。


 今の僕に情けも容赦もない。

 全然殺すし、罪悪感もない。脅威の排除を徹底しているだけだ。

 単純に怒りで殺人を遂行している。

 僕の中で【ワンスモア】百人の命よりライラちゃん一人の方が、大事だから殺す。

 別に気も晴れない、正直やらなくていいならやりたくないことだ。

 状況的に必要なことだから、殺すだけだ。


 なのに……。

 それでもこいつらは……楽しそうに、嬉しそうに戦って、満足そうに散っていく。


 まるで何かのスポーツ競技で、チームメイト同士でボールを回し合うように声を掛け合って。

 前に進む者を応援して、後に続く者を鼓舞する。


 ……適切ではないけど、適切な語彙も見つからない。一番近い間違った表現をするのなら。


 ――――


 ああ、そうか。

 彼らにとって、これは青春なんだ。


 かつて失ったものを取り戻し。

 変わり果てた世界を元に戻すために活動し。

 世界を変えた諸悪の根源に挑み。


 かつての世界のように、戦いの中で生きて死ぬ。


 だからクロウさんは、自らを悪として対峙したんだ。

 せめて満足して、自分たちに信念や正義でこの世界を駆け抜けられるように。


 そうか、話には聞いていた。

 これがクロウさんのだ、優しくなくてはならないという、


 相手はテロ集団。

 既に罪もない人々の命を奪い、倫理観や宗教観を無視して脳を装置として利用し、街や施設を破壊して混乱を生み出した。


 思想とか過去とか思いとかそんなん加味したところで間違いなく極刑の犯罪者たちに対して、せめてもの納得を与えている。


 しかも疑似加速で何が何だか分からないまま殺すのではなく、速さを合わせている。


 見逃したり肯定はしない、決して甘くはない。

 でも、彼らに向けられる優しさはこれしかない。


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