「さらに、ワンスモア大量殺人事件の加害者遺族の一人を引き込み三人で再現したGIS装置を使ってこの世界へやって来た。家族が起こした凶悪事件を調べていたからね、そのまま取り込んだ。それに三人に分母を増やした方が、単純に成功する確率が上がるからね。誰か一人でもこちらに来れたら良かった……不完全で未完成のまま放置された世界を調整するためにね」
つらつらとナナシは調子良さそうに、狂気のままに語り続ける。
また一人増えた。
でもなんか自分のことを語ってる感じはしないな。やはりこいつはキラノスタルジィかアンダーマストなのか?
「あ、ちゃんと三人でGISを使った後に爆破して物理破壊するようにしておいたから。異世界研究は引き継がれてないはずだよ。そこは安心してほしい、誰も彼もこの世界に踏み入ることは望んでなかったからね」
ここで、クロウさんの問いの一つに回答する。
既に異世界とは隔絶されているのか。
それはまあ、安心だ。
こんなわけわからんやつがホイホイ現れたらたまったんじゃあない。
ああ良かった。
つまり、こいつを殺せば終わりってことなんだ。
「三人でのGISは問題なく成功した。でもこれは失敗だった。いやまあ成功はしてるんだけどね」
少し複雑な顔で、ナナシはよくわからんことを言って。
「こちらの地下二万メートルのシステム装置保管エリアの相互GISルームに保存されていた、この肉体。プレイアブルアバターを用いた」
自らの身体を見ながら語り。
「そしたらさ……、三人の意識や記憶が混ざり合ってGISとして一つとなってプレイアブルアバターに定着しちゃったんだよね」
最大の狂気を、さらりと告げた。
「こうして僕が生まれたってわけ、なかなかのキャラ設定だろう? 面白いだろう? つまり僕は吉良之巣樽次であり庵田升斗であり白久治人でもあるってことさ」
あっけかんと、ナナシは語りを終えた。
さ、三人の意識が一つに混ざった……?
こいつが誰なのか不透明だったのは、濁していたわけでもなく全員だったってことなのか。
だからこいつは誰でもない。
気持ち悪い……なんなんだこいつ、そこまでしてなんで――――。
「まあ確かに……、この世界の外から来たんだなってのは伝わるよ。僕も二人ほどビリーバーには会っているからね、君と違ってサプライズモア思想のじゃなくてデイドリームのビリーバーだけども」
話を聞いたクロウさんは、淡々と感想を述べて。
「僕が把握しているビリーバーはサプライズモア解体の自爆テロ時に相互GIS装置を使った三名のみだった。それも今から七十数年……もう八十年近く前の話だ。その数年後にやってきたとして、君はそんなに長いことこの世界に潜伏していたのか?」
冷静に質問を続ける。
クロウさんら全く動じていない……何だ? なんというか狂気に慣れているというか。
別にそんなこともあるよね、くらいで片付けている感じがする。
やっぱこの人もこの人で……かなりぶっ飛んでんな。
「いや、僕がこの世界に現れたのは十八年前のことだ。これはどうにも世界加速装置停止にラグがあったみたいでね、サプライズモア解体から三年の間にこちらでは六十年近く経っていたみたいだね」
へらへらとナナシは答える。
世界加速装置……? また知らん物が出てきた。
文字通り世界を加速させるって考えると、異世界とこっちて時間の流れ方を変える装置みたいなものなのか?
いやぶっ飛びすぎてて全く理解ができないけど。
メリッサさんの使う集団疑似加速改みたいなものを、世界規模に拡張したものと考えれば……。
いやそれでも流石に大規模過ぎる。
異世界での三年でこちらの六十年……。
何十年もそんなこと続けられる装置が存在したってことなのか?
「でーも驚いたよ。僕が相互GISルームから出たら、エネミーシステムもサポートシステムもなくなってんだもの」
ナナシはへらへらと続けて述べる。
エネミーシステムが魔物を発生させる装置で、サポートシステムがスキルやステータスを付与する装置……だったっけ。
クロウさんがこれらを破壊したのが、二十年前……公国落としの際だ。
その後にこいつはこの世界にやって来た。
「んでしばらく僕は状況把握に努めたら、マジでこの世界面白くなくなっちゃっててさ」
残念そうにナナシは語りだす。
「なんか普通に働いて、年功序列で、半端に実力主義で、名前だけの民主主義で既得権益と忖度でダラダラ回ってて、落ちたらワンチャンのない社会……いやマジに日本かよ。全然面白くない」
うんざり顔で語りは続く。
僕はその内容に、肯定も否定もしない。
「せっかくの異世界で! 魔法なんて素敵なものがあるんだから、夢があった方がいいじゃんか! もっとドラマとストーリー! 命を燃やせるようなシーンがあった方がいいじゃんか! この世界ならそれが出来るんだよ! 僕たちはここでなら、世界を面白く出来るんだ!」
嬉々として、捲し立てるようにナナシは夢物語を語る。
これが……こいつがわざわざ自分という存在を曖昧にしてまでこの世界へとやってきた理由。
作りかけの夢物語を、夢の世界を完成させるために。
憧れに脳を焼かれた狂気で、こいつは今、ここにいる。
流石に共感は出来ない、でも理解は出来た。
僕が冒険者に憧れて、旧公都へと出たのと理屈としてはそれほど変わらない。
明確に違うのは、こいつは一切顧みなかったことだ。
だから僕はこいつに共感は出来な――。
「そう思わないかい? チャコール君」
突然、僕の思考をぶった切るように同意を求める。
「え……? 僕は――」
「――うん、まあ大体わかったよ。話を聞けてよかった、ビリーバーとの話は貴重だからね。まあまあ色々となっとくができた」
突然向けられた問いに動揺した僕に重ねるように、クロウさんは話を切り上げて。
「じゃあ、もう畳むよ」
端的にそう言って、クロウさんは構える。
「そうだね、クライマックスにダラダラとした対話シーンが続くのもアレだしね! そろそろ戦闘パートに入ろうか!」
嬉々としてナナシがそう言ったのと、同時。
ダラダラとした長話の間に回復したステリアさんとゾーラさんが頭を鷲掴みにされたまま仕掛けようとしたところを、麻酔魔法で意識を絶たれてから『柔道家』によってぶん投げられる。
ぶん投げられた二人を意識が回復したテナーさんが受け止めるも、二人に仕掛けられた設置型爆撃で三人ともぶっ飛ぶ。
この三人をこんなな容易く……っ! 回復を――。
「チャコール、彼ら回復は後回しだ。あのくらいで彼らは死なない。それと疑似加速は極力使うな、対策されているし対策に対策するとなると魔法融解か消滅纏着が必須で魔力を使いすぎる」
驚くことなく、冷静にクロウさんが僕に告げる。
「了解です……」
僕は切り替えて返す。