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08この物語の主人公はこれしか出来ない

 疑似加速改は温存。

 拠点を壊しかねない消滅魔法などの高火力攻撃はなし。

 少なくともライラちゃん脱出までは無茶をしたらだめだ。


 縛りが多いけど、まあこいつはここで殺し切れば終わりだ。

 こちらには世界最強のクロウさんがいる。

 有利には変わりない。


 ナナシは『手品師』のワープで奇襲を仕掛けてくる。

 同時にクロウさんと僕は散開し、躱す。


 そこから螺旋光線をホーミング発射。

 しかしナナシの『反射』で跳ね返され、返ってきた螺旋光線を魔法湾曲で逸らす。


 螺旋光線を返されるのか……、単純な魔法防御とは違うみたいだ。

 スキルもシームレスにかなり素早く、感覚的に最適なものへと切り替えてくる。


 でもスキルの同時発動は出来ないようだな。

 つまり『加速』を使いながら『潜在解放』とか『狙撃』とかは出来ないらしい。

 さらに、全ての覚醒前スキルってところから覚醒スキルっていわれる『超加速』や『勇者』は使えないようだ。

 でも『大魔道士』とか『万能武装』とか『聖域』みたいな、旧公国最高戦力とされた国家が依存する勇者パーティ級のスキルも使えるかもしれない。


 だったら疑似加速で攻めて相手のスキルを『加速』に固定して対応を押し付けるのが効果的ではある。

 加速した世界の住人であるクロウさんがいるならこれが一番良いのはわかっているけど……。


 問題はナナシに『加速』で逃げに徹された時だ。


 こちらの疑似加速は魔法だから、魔力切れというリミットがあるのに対してナナシのスキルにはそれがない。

 逃走に全振りした相手を追い詰めるのはかなり難しい、確実に時間は稼がれる。

 終わりを見据えて畳み掛けられるところを見極めなくては使えない。


 じゃあもう疑似加速改を使うまでもなく、このまま自力で畳み切る。


 魔法攻撃を跳ね返す『反射』の特性を見て、クロウさんは接近し物理的な攻撃をするために棒ヤスリで格闘戦を挑む。

 ナナシは『具現化』で三節棍を出して『武闘家』で応戦する。


 あんな複雑で使いづらい武器を巧みに……不自然なほどの格闘技量だ……、このスキルによる補正効果ってやつは気持ちが悪い。

 ここまで戦ってきた【ワンスモア】のやつらもそうだったけど雰囲気や魔力の流れと動きが噛み合っていなくて気持ち悪い、勝手に動かされてるみたいな他人事みたいな動き方だ。

 でも隙はある、動かされているだけじゃあ人は強くなれない。


 隙を見て僕も目視転移で接近し、負荷耐性部分硬化でぶん殴る。

 しかし『拳闘士』によるクロスカウンターで頬を打ち抜かれて吹っ飛ぶ。


 いってぇ……っ! 意識が飛ぶかと思った、首を鍛えていて助かった。

 でもこの殴打の隙にクロウさんがナナシに蹴りを入れて飛ばし、空間魔法から疑似加速付与棒ヤスリを乱射する。


 ここでナナシが『具現化』で刀を生み出して『侍』で棒ヤスリの嵐を弾いていく。

 マジかよ、ダイルさん級の反応速度だ。スキルだけでこんな動きが可能なのか?


 僕は弾かれた棒ヤスリを掴んで投げながら接近して飛び蹴り放ち、同時にクロウさんも棒ヤスリで突きを放つが。


 ナナシに接触した瞬間『反発』を使って、僕らを弾き飛ばす。


 なんだこれ……っ『反射』とはまた別なのか? バリエーションに富み過ぎだろ……!


 ぶっ飛んで壁に叩きつけられたところに、目の前からは巨大な鉄球が迫る。


 僕は負荷耐性部分硬化でぶん殴って落とす。

 クロウさんは鉄球を身体強化でキャッチして投げ返す。


 投げ返された鉄球をナナシは刀で斬って落として、鉄球の影に隠れて接近していたクロウさんが棒ヤスリで殴りかかる。


 そこに僕は思念操作光球を三つ出して操作し、中遠距離から光線魔法を放ってオールレンジ攻撃を仕掛ける。


 恐らく『反発』は物理攻撃を跳ね返し、『反射』は魔法攻撃を跳ね返す。

 僕が魔法で固めて、クロウさんが格闘で攻めたらどちらかのスキルに固定出来る。


 ナナシは『反射』を選択し、僕の光線を反射。

 反射された光線は魔力導線で逸らしつつ、さらに光線を連射し続ける。

 螺旋光線だと魔力導線で逸らせない、だから通常の光線魔法で固める。


 これでナナシのスキルは『反射』に固定、つまりクロウさんとの格闘戦にスキルは使えない。


 クロウさんは槍術で巧みに攻める。

 苛烈……、全然甘くはない。そりゃそうか、加速した世界でのガチンコ戦闘で勇者パーティを圧倒する実力を持つ世界最強。

 全盛期ではないにしても、基礎的な技量だけでも世界最強は揺るがない。


 ところがナナシもかなり巧みにクロウさんの攻撃を刀で捌いている。

 思った以上の使い手……、スキルに依存しないでもそれなりに戦えるくらいには使えている。

 そりゃ全帝に出場してベスト4まで勝ち進んでいる程度には実力がある、ここだけ切り取っていえば僕やシロウ・クロスと同程度には動けるということになる。

 こいつはこいつで、ちゃんと鍛えているし甘くない。


 それでも世界最強には届かないだろう……全帝ベスト4なんてのは正直目安にもならない。

 だが未知数の相手だ、油断は出来ない。このまま徹底的に殺し切る。


 受けた刀を、棒ヤスリの鑢目でガリガリと削っていく。刀剣好きが見たら発狂モノだ。


 ナナシは刀に魔力を通し高熱にして棒ヤスリを溶断。

 と、同時にクロウさんは空間魔法から疑似加速付与で棒ヤスリを射出。

 それを消滅魔法で防御と同時に、クロウさんを狙う。


 クロウさんは空間魔法に飛び込んでナナシの斜へ抜けながら躱す。アカカゲさんの土竜叩きのような動きだ。


 ナナシはクロウさんを迎え討つように、空間魔法の出口へと刃筋を通すが。


「――ッ⁉」


 ナナシの肩口が撃ち抜かれる。


 目の端で射線を追うと、ボロボロの状態で朦朧としたまま消音魔法を使って狙撃銃で撃ち抜いたテナーさんの姿。

 しっかりと一仕事終えて、そのままテナーさんは再び気を失った。ナイスガッツ、流石にかっこよすぎる。


 さあ、ここだ。


 これ以上ない好機、オールレンジ光線で『反射』から回復系スキルには切り替えられない。

 クロウさんを前に魔法で傷を回復させる隙はない。

 目視転移での離脱は、視線と魔力で追える。

 転移前後には必ず隙がある。


 ここが疑似加速のタイミング。


 テナーさんの一発の弾丸が、ナナシを追い詰めたんだ。

 僕は光線魔法を撃ちまくり、ナナシを『反射』に固定させてクロウさんが疑似加速を発動させる隙を作り続けて勝ちを確信したところで。


 微かに、かなり遠くで。

 凄まじい魔力反応を感じる。


 反応の方向は恐らく地上、とんでもない魔力反応だ。

 戦略級以上の魔法をぶっ放したみたいな、そんな世界そのものに触れるような魔力の膨れ上がり。

 しかしおふくろでもスズでもない、誰だ? でも気にしている場合じゃあない。

 今は戦闘中、徹底して遂行する。


 しかし。


 何にも動じず、ここまで全てを冷静に徹底してきたクロウさんは。


 この魔力反応に足を止め。

 魔力反応の方向を見つめて。


 黒い仮面から覗く垂れた灰色の目を丸くして、驚きと喜びを混ぜたような声で。


「…………?」


 そう、呟いた。


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