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03エピローグ

 ライト帝国、帝都。


「よお、来たかガンダラ。ちょうどいいな、もうすぐラザニアが焼けるから上がって待っていろ」


 魔法族の男はアパートの自室に客人を招き入れる。


「ら、ラザニア……? ニックス先輩……料理とかするんすか?」


 招き入れられた魔法族の女は驚きながら入室する。


「ああ自炊派だぞ。カニ玉炒飯とかも作れる」


 エプロン姿の魔法族の男は、あっけらかんと返しながら台所へと戻る。


 この二人は、魔法国家ダウンからの留学生……ではなく。

 魔法国家ダウン軍務局秘密作戦部は秘密部隊所属の工作員である。


 単一民族国家で閉鎖的なダウンが、ライト帝国の情報を得る為に送り込んだいわゆるスパイだ。


 彼らの身元をどれだけ追っても軍務にはつながらないようになっている。

 あくまでも外国人労働者や留学生としての生活をしながら、帝国の生っぽい情報を集めている。


「ええ……? 暇なんすか?」


 魔法族の女は男に対して、端的に問う。


「……暇だ」


 魔法族の男は女に対して、さらに端的に答える。


 どうやらライト帝国の暮らしは平和なようだ。


「もっと連絡してください……付き合いますから」


 少し笑顔を見せて、魔族の女はそう言った。


 この後、魔法族の男はダラダラとライト帝国で暮らし最終的には魔法国家ダウンとライト帝国の国交を結ぶ外交官として働くこととなる。


 ライト帝国帝都、第三騎兵団訓練場。


「おい、そろそろ全帝決勝始まるぞ。見ねえのか?」


 狙撃銃を担いだ男が、問いかける。


「それほど興味はない、もう任務とは関係ないからな」


 指先で逆立ちをしながらぴたりと止まりながら男は返す。


「あーまあ予選落ちには関係ないか……、一人で見てくるか」


 狙撃銃の男は逆立ち男に煽るようにそう言うと。


「あんたも一回戦負けでしょ、まあゾーラももう少し興味持ちなさいよ。ほら、観に行くよ」


 隻腕でトレーニングウェアの下はTバックであろう女は、汗を拭いながら言い放つ。


 三人は帝国軍人。

 所属はライト帝国軍第三騎兵団は特殊任務攻略隊。


 潜入や法外な捜査や作戦行動を遂行する、精鋭揃いの部隊だ。


 すなわち彼らも精鋭、先のテロ襲撃では本拠地を落とす為に宇宙空間にまで赴いたほどの遂行能力を持つ。


 現在は作戦行動を終えて、訓練に明け暮れている。


 彼らが訓練場で訓練しているというのは、この国が脅威に晒されてはいないという指針にもなる。


「……はあ、仕方ない見るか」


 逆立ち男はそう言って、くるりと立ち上がり歩き出した。


 ライト帝国エイト地域西部、帝国軍付属病院。


「見んぞ、私は見ない。見ーなーい、医者は忙しいんだ。あー忙しい、あー見れない」


 医者の男はカルテの整理を行いながら言う。


「いや私たちも医者だぞクライス……それで言い逃れ出来るわけないだろう」


 医者の娘は駄々をこねる父親に、呆れるように返す。


「そうよ。見ましょうよ、せっかくだし」


 医者の女も淡々と続く。


「……いや、見ない。どうせあれだろう? シロウ・クロスが勝ったら交際を認めろとかそういう話に持ち込む気だろ? そうはいかん、私は交際を認める気はない」


 苦い顔をしながら医者の男は娘を見ずに言う。


「いや別にクライスに認められる気はないぞ、シロウとは全然勝手に交際している。昨日もベロチューした」


 医者の娘は父親に言うべきではないことをさらりと告げる。


「な……っ、虫歯になっても私は治さんぞ‼」


 医者の男は動揺してよくわからない返しをする。


「普通に歯科に掛かるでしょ……というかシロウ君も決勝前に大丈夫なの? 仲が良いのは構わないけど、競技に差し支えるようなことはやめなさいよ」


 医者の女は夫と娘のやりとりに呆れながら娘へと注意する。


「無論だ。ベロチューまでで留めている。お互いにそのくらいの理性はある、試合前一ヶ月はベロチューまでと決めていて今のところ破ったことはない。ベロチューはするが」


「……あんまりベロチューベロチュー言うな…………、心は魔法では治せんのだぞ…………」


 あけっぴろげな娘の言葉に、医者の男は心を砕かれて机に突っ伏す。


「クライス……認めないと言うが、シロウはこの間の襲撃の際に誰よりも早く駆けつけて助けてくれたではないか……」


「確かに、あれ凄かったわよ。見事に助けられちゃったわね」


 医者の娘と女は項垂れる男を気にせずに言葉を重ねる。


「あれは私が時間を稼いだからあいつが間に合っただけだ‼ 遅いくらいだ!」


 妻と娘の言葉に勢いよく身体を起こして声を荒げる。


「遅いわけがないだろ! 瞬殺常勝の全帝王者だぞ⁉ 帝国最速だ!」


 父の勢いに負けじと医者の娘も言い返す。


「はっ、模擬戦モドキ如きで評価出来るわけないだろ……。模擬戦モドキ大会なんてやろうと思えばメリッサどころかダイルでも優勝できるだろ、あんなもん」


 嫌味な笑みを浮かべて医者の男は宣う。


 ちなみにこの男は本来、かなり理知的で穏やかで誠実である。

 娘の交際相手の話にのみこうなってしまう、仕方ながない病だ。


 そしてこの挑発は、男の目論みの一端でもある。


「……いいだろう。そこまで言うなら勝負だ‼ 全帝大会終わったら、クライス……いやフルメンバー元勇者パーティとシロウで勝負だ‼ これでぐだぐだぐだぐだ言わせんぞ! ぶっ飛ばす!」


 医者の娘は見事に父の目論み通り、喧嘩を買ってしまう。


「有り難い……、それなら治療のしがいがありそうだ……!」


 歪んだ笑みに、目から炎を揺らして医者の男はそう言った。


 こうして。

 医者の娘の恋人は、自身の預かり知らぬところで人生最大の脅威との戦いが決まったのだった。


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