ライト帝国、第三騎兵団本部。
「おい馬鹿、なんかちょっとおまえ弛んでるな」
喧嘩屋の男は、第三騎兵団本部の団長室のドアを蹴り開けて中で書類仕事をしていた男に早々と言い放つ。
「はあ……マジで今は付き合えんぞブライ……、【ワンスモア】の一件の事後処理が地獄過ぎる」
書類とにらめっこしながら、第三騎兵団の団長はため息混じりに返す。
現在、帝国軍は先の帝国内同時多発テロ事件の後処理に追われている。
基本的に事実として被害は最小限で食い止められた。これは帝国軍、政府も自信を持ってそう言い切れることだ。
しかし、あくまでもテロの規模から考えたら最小限の被害だったという話だ。
物的にも人的にも被害は甚大だ。
テロ組織が検挙され壊滅した今、被害者や被害遺族からすればその責任を追及する先は帝国軍となる。
事実確認と当日の作戦や指示系統に問題はなかったかを徹底的に洗い出す。
それを踏まえて政府からの補助金なども変わり、復興などの優先度も変わってくる。
故に、今帝国軍は偉ければ偉いほどに忙しい状態にある。
「おまえアカカゲと戦え」
そんな忙しさなど微塵も気にせずに、喧嘩屋は一方的に無茶苦茶を述べる。
「みゃ……脈略がなさ過ぎる…………アカカゲ氏というのはトーンでキャミィが世話になったという冒険者だろう。最近ソフィア・ブルームにより『自動人形』として活動しているという……俺に戦う理由がなさ過ぎるだろ」
顔を引き攣らせながら、団長は喧嘩屋に返す。
「あるだろハゲ、アカカゲはキャミィの元彼でパーティメンバーだ。キャミィの幸せな日々だけを願ってアカカゲたちは死んだ。おまえがキャミィを幸せにして、見合う男かどうかを見極める権利がアカカゲにはある」
団長の返しに即座に喧嘩屋はつらつらと切り返す。
ちなみに団長の頭髪は薄くなってはいない。今回の同時多発テロと併せて起こった第三騎兵団本部襲撃事件の責任を取って坊主頭に刈り上げたことを指している。テロから四か月が経過した現在はそれなりに髪も伸びたので坊主頭というより短髪になっている。念の為。
「……自分で言うのはなんだが、十分やってやると思うんだけど……俺」
「キャミィの為に死んでからアカカゲの前で言え」
うんざりするような団長の言葉に対して、喧嘩屋は無理難題を言う。
無茶苦茶だが、喧嘩屋は喧嘩屋なりに仲間思いが故にこれを言っている。
知っているのだ。
団長の妻を生かすために死んでいった、かつての仲間たちがどんな人たちだったかを。
だから口を出さずにはいられない。
「はあ……流石に俺は第三騎兵団の団長だぞ? それなりに帝国において不自由のない生活は出来るくらいの位置にいる……これ以上何がいるんだ」
団長は無理難題に対してかなり現実的なことを返す。
これは事実だ。
団長は夫として二十年近く。
二児の父となり十数年。
第三騎兵団の団長としても数年。
自負出来る程度には働いてきた。
妻や子に対して、不足を与えたことは一度たりともない。
なんなら二人の子供のうち、娘の方は目の前の喧嘩屋と喧嘩屋と内縁関係の女の子供である。
喧嘩屋には帝国民としての権利がないので、子を真っ当に育てるために団長の妻が養子として受け入れた。
その子も団長は我が子として育てた。
実際に全くもって誰がどう考えても本人の言う通り、十分やっている。十分過ぎるほどに。
だが、喧嘩屋もそんなことはわかっている。
これはそういう話ではない。
「少なくとも肩書きはいらねえな。それに意味があるんなら捕虜の俺や教師のバリィや主夫のクロウに畳まれてる団長なんて肩書きに、なんの意味もない」
こんこんと、喧嘩屋は団長へと語りかける。
「必要なのは幸せに出来る力だ。バリィにキャミィ殺されかけるなんてマヌケを晒したテメーには一番足りてねえ、アカカゲに殺されちまえ雑魚。帝国にへばりつくお飾り軍人は死んだ方が国益だろ」
さらにそのままシームレスに罵倒を行う。
「ブライ……そろそろ何処で誰に口きいてんのか考えろよ。ここは第三騎兵団の団長室で俺は帝国最強だぞ……?」
喧嘩屋の罵倒で、ついに団長は堪忍袋の尾を断ち切り目から炎を揺らして立ちあがった。
「ああ? テメーが生きてるのは俺が殺してねえだけってこと、忘れてんじゃねえぞクソ雑魚があッ‼」
団長の怒りに合わせるように喧嘩屋も一気に燃え上がり。
団長が残像を置いて消えたのと同時に、喧嘩屋が召喚した双剣で斬りかかる団長の剣を弾いて。
本部の壁を突き破り、二人は中庭へと飛び出し。
殺し合いが始まった。
「うわ、また始まった……ジャン忙しいんじゃなかったの?」
中庭を見渡せるテラスでお茶をしていた団長の妻は、中庭の死闘を見て呆れながら漏らす。
「まあそれだけ余裕が出来たってことでしょ。どうする? キャミィ、ここからなら二人とも『追尾式螺旋光線連射砲』で撃ち抜けるけど」
同じくお茶をしていた技術者の女は、自身の開発した兵器を装備して団長の妻へと返す。
「あーほっといていいよセツナ。甘えてんのあいつら、ケガしたら私が回復させるって。だから今回は普通に入院させる」
眉をひそめ、団長の妻は馬鹿二人の喧嘩を諦めた。
結局、この喧嘩は被害が拡大してきたところで技術者の女が放った光線で幕を閉じ。
なんだかんだで。
団長は、妻の元恋人と戦うことになるのだった。
ライト帝国、帝都。
「えー? 全然普通に嫌なんだけど、なんで私がセツナの子とやり合わなきゃならないのよ。せっかく帝都に住みだしてメルの通う第一帝国学院の食堂勤務になったのに、そんなわけわかんないことしたくないわよ。え? ポピーはみんながやるなるやる……? なんで暇なのよあいつ……」
かつて勇者と呼ばれた給食調理員の女はかつての仲間である医者の男からの通信に、早速呆れながら返す。
彼女は長らく、国家によって行動制限がされていた。
しかし、先の同時多発テロによる人造魔物の氾濫での活躍により制限が緩和された。
そして、家族で帝都に引っ越すことになり都会での暮らしにようやく慣れてきたところだった。
「ん? まあ居るけど……ダイルー! クライスが、パーティでセツナの子をフクロにしたいって」
医者の男からの呼び出しに、女は警察官の夫を呼び端的に要点を伝える。
「ああ? ……え、全然オッケー! ぶっ飛ばしてえ!」
夫は映像通信を見ながら、二つ返事で快諾する。
「はあ……やるってさ、まあじゃあ私もやるけど……あんたバリィに似てきたよ。それ恥ずべきことだからね」
女は気怠げに夫の回答を伝える。
「あーあーわかったわかった、そろそろ全帝決勝戦見るから。切るよ、はーいはーいはーい…………。あいつこんなに馬鹿だったっけ……?」
受話口から漏れ出る医者の男の熱量をうんざりしながら適当に返して、通信を終えた。
「しゃーねえさ……俺ももしメルがシロウ・クロスとなんて考えたら…………殺すだろ。あの糞垂れ目糞ダサ黒服おっさんと親戚になるとか、死んでも嫌だね」
おおよその話を聞いていた夫が、自身の娘に置き換えて医者の男の状況を語る。
「うーん……まあそれもそうか、じゃあ一旦敵情視察しときますか」
夫の語りに共感をしながら、夫の隣に座り。
映像通信に目を向けた。