学校が終わり、馬車に揺られて屋敷に帰宅してきたアンジェリカはすぐに異変に気付いた。
大勢の使用人たちが家具を運んで廊下を移動しているのだ。しかも運んでいる家具には見覚えがある。
「あれは……まさか、私の家具!?」
そのとき、大きな声が響き渡った。
「やめなさい! 勝手にアンジェリカ様の家具を持ち出さないでちょうだい!」
その声はニアの声だ。
「ニアッ!?」
アンジェリカが声を上げるとニアが気付き、駆け寄って来た。
「ああ! アンジェリカ様、お帰りになったのですね!」
「ええ……でも一体これは何の騒ぎなの? 皆が運んでいる家具は……私のよね?」
アンジェリカは台車に乗せられて運ばれていく家具を指さした。
「そうです。今から1時間程前に突然、使用人達がアンジェリカ様の部屋に入り込み、家具の移動が始まったのです。いくら止めても誰も言うことを聞かなくて……それで今、ヘレナ様は旦那様の元へ行っております」
「そんな……!」
アンジェリカは顔色を変えると、家具を運び出している年若いフットマンに駆け寄った。
「待って! それは私のクローゼットよね? 何処へ運ぶの!」
「あぁ、誰かと思えばアンジェリカ様ではありませんか? 声をかけられるまで気付きませんでしたよ」
そしてニヤリと意地悪そうに笑う。
「まぁ! アンジェリカ様に何て口を叩くの!?」
ニアが文句を言うも、フットマンは鼻で笑う。
「ふん! あんたはこの屋敷で働いて、もう18年だろう? 本来ならとっくに出世してもおかしくないのにアンジェリカ様にかまっているから、いつまでたっても下級メイド扱いじゃないか。安い給料でこき使われて一生終わるつもりですかい? もっとうまく立ち振る舞ったらどうなんだ? 俺たちみたいにね」
「!」
その言葉にアンジェリカは息を飲む。まさかニアが自分の専属メイドになっているせいで、未だに下級メイド扱いされているとは知らなかったのだ。
「お黙りなさい! あなたにとやかく言われる筋合いは無いわ! 私は、好きでアンジェリカ様のメイドをしているのよ!」
「へぇ、そうですかい。ではせいぜい、これからも冷遇されているアンジェリカ様の専属メイドをすることだな」
そして、そのままアンジェリカのクローゼットを運び出そうとする。
「おやめなさい!」
「お願い! 待って! 私の家具を何処へ運ぶの!?」
ニアとアンジェリカが同時に叫ぶ。
「うるさいですねぇ。一体先程から何を騒いでいるんですか」
そこへドレッサーを台車で運ぶフットマンが現れた。
「あ! それは私のドレッサーだわ! お願い! 何処にも持っていかないで!」
「勝手に持ち出すのは許しませんよ!」
「邪魔をするな!」
ニアがフットマンに駆け寄った途端に激しく突き飛ばされた。
「キャアッ!」
そのまま床に倒れるニア。
「ニアッ!」
アンジェリカはニアに駆け寄り、抱き起した。
「大丈夫? ニア」
「は、はい……大丈夫です……」
呻きながらなんとか身を起こすニア。
「ふん。邪魔をするからこんな目に遭うんだ」
突き飛ばしたフットマンは悪びれる様子も無く言い放ち、次にアンジェリカに視線を移した。
「さっき、家具を何処へ運ぶのかと尋ねていましたよね? いいでしょう。答えてさしあげますよ。本日からアンジェリカ様は離れに移り住むことが決定したのです。そして今まで使われていた部屋はローズマリー様が使うことになりました。言っておきますが、このことを決めたのは旦那様ですからね? 我々はそれに従っているまでですから」
「え……? そ、そんな……」
アンジェリカの頭の中が真っ白になった――