9時5分前にアンジェリカは教室に辿り着いた。
「ふぅ……間に合ったわ……」
授業開始は9時。
何とか時間ギリギリに間に合うことが出来たアンジェリカは安堵のため息をついた。
「おはよう、アンジェリカ。一体どうしたの? 今日は随分遅かったじゃない。もしかして休むのかと思って心配したわ」
アナが駆け寄って来ると、早速話しかけてきた。
「おはよう、アナ。ごめんなさい、今朝は家で色々あって出てくるのが遅くなってしまったのよ」
「え? 何があったの?」
「ええ。それが……」
その時、授業開始を知らせる鐘の音が教室に響き渡った。
「あ……ごめなさい。授業が始まるわ。話はお昼休みでいいかしら?」
「ええ、勿論よ。それじゃ私席に戻るわね」
アナが自分の席へ戻ると同時に担任の女性教師が教室に現れ、注意した。
「皆さん、何をしているのですか? 鐘は鳴ったのですから席に着いて下さい」
注意された生徒たちはすぐに着席し、その様子を見届けると女性教師はクラス名簿を開いた。
「では、皆さん。出席を取ります……」
教師が名簿を読み上げ、全員の出欠を取り終えるといつも通りの授業が始まった……。
アンジェリカは真面目な生徒で授業は真面目に聞き、良く手を上げて発言していたのだが、この日のアンジェリカは違っていた。
昨夜の件が頭から離れず、授業中はずっと上の空で先生に何度か注意を受けてしまったのだった――
****
――昼休み
アンジェリカはアンと一緒にカフェテリアに来ていた。
「ねぇ、アンジェリカ。一体今日はどうしてしまったの? 遅刻しそうになるし、授業中先生に指名されても気づかなくて、何度も先生から注意をされていたじゃない」
食事をしながら、アンが尋ねてきた。
「アン……」
友人にどう説明すれば良いか、アンジェリカは考えを巡らせていた。
本当は全てを打ち明けてしまいたかったが、父親に叩かれたことを話せば心配させてしまう。それどころか、友人思いのアナは教師にアンジェリカが暴力を振るわれたことを話してしまうかもしれない。
そうなると確実に父に連絡が入り、余計アンジェリカの立場が悪くなってしまう。
(叩かれたことだけは言えないわ……)
「実は昨日学校から帰宅すると、新しい家族が増えていたのよ」
アンジェリカは義母と異母妹が出来た事だけを話すことにした。
すると……。
「何それ!? あまりにも酷い話だわ! さぞかしショックだったでしょう?」
アンジェリカの話を聞き終えると、アンはすぐに憤慨した。
「ええ、ショックだったわ。でも、これで分かったの。お父様が何故私に強く当たっていたか……父には想い人がいるのに、政略結婚で母と結婚せざるを得なかったからよ。生まれてきた私を愛せないのも無理は無いのかも……」
昨夜のことを思い出し、思わず涙が出そうになるのを必死に堪える。
「可哀そうなアンジェリカ。でも、やっぱりこんなことは間違っているわ。ねぇ、家に帰るのが辛いなら暫く私の家に泊まらない? 両親はきっと歓迎してくれるわ」
アンの提案はとても嬉しかった。けれど……。
「でも泊まることは出来ないわ。父はとても厳しい人なの。そんなことをすれば、もっと怒られると思うの」
「アンジェリカ……」
「気持ちだけで十分よ。ありがとう」
「……分かったわ。私のせいで、アンジェリカがもっと怒られるのは嫌だもの。でも、何か困った事や辛いことがあったらいつでも相談に乗るわよ? だけど、他に今の状況を打開する方法は無いかしら?」
アンは首を傾げる。
「大丈夫よ。卒業すれば、私セラヴィと結婚できるの。だからそれまで待つわ」
「そうだったわね! アンジェリカとセラヴィは結婚の約束をしていたじゃない。だったら後半年の辛抱ね」
「ええ」
アンジェリカが笑顔で頷いた時、背後から意地悪な声が聞こえてきた。
「ふん、そんなことばかり考えているから遅刻しそうになったんじゃないのかしら?」
「「え?」」
驚いた2人が顔を上げると、こちらを見おろしているヴェロニカがいた。彼女は2人の取り巻を連れている。
「あの、それは一体どういう意味でしょうか?」
アナが強い口調で尋ねると、ヴェロニカは鼻で笑う。
「文字通りよ。アンジェリカさん。そんなに早く結婚したいなら、卒業を待たずに退学して結婚したらいいじゃない」
「そんな……! 退学なんて……!」
勉強が好きなアンジェリカは、出来れば大学まで進学したいと考えていた。
「別に退学しなくても結婚は出来ますよね? 何故そんな言い方をするのですか?」
アナが言い返すと、取り巻きの女子生徒達が反論した。
「そんなのは当然よ! 風紀が乱れるでしょう?」
「高等部で結婚している生徒なんて1人もいないわ!」
ヴェロニカは取り巻たちの言葉に頷くとアンジェリカとアナを交互に睨みつけた。
「大体あなた達は私より爵位が低い癖に、婚約者がいるなんて生意気なのよ! 耳障りな会話はしないでちょうだい! あなたたち、行くわよ」
「「はい!!」」
ヴェロニカは2人の女子生徒を引き連れてカフェテリアから出て行くと早速アンが文句を言う。
「本当にヴェロニカさんて、相変わらず嫌な人ね! 何処でどんな話をしようと私たちの自由じゃないの」
「そうだけど……ヴェロニカさんの気持ちを考えれば、あまり結婚の話をしないほうが良いのかも……」
「何言ってるの? 気にする必要は無いわ。言いたければ勝手に言わせておけばいいのよ」
「ありがとう、アン」
(私も、アンのような性格だったら……父との関係も変われたのかしら……?)
アンジェリカは密かに心の中で思うのだった――