翌朝8時――
アンジェリカは鏡の前に座り、自分の顔を見つめていた。
「……腫れの方は大丈夫そうね」
昨夜、父親に叩かれた頬の赤身は消え、すっかり元通りになっていた。
「頬の怪我は治ったようで良かったですね。ですが心の傷は癒えるわけではありません。本当に旦那様はあまりに非道すぎます」
アンジェリカの髪をブラシでとかしながらヘレナは文句を口にした。
「……仕方が無いわ。お父様が私のことを嫌っているのは分かっていたもの。それにもとはと言えば、私が素直にローズマリーにこの部屋を譲って欲しいと頼まれた時に断ったのが原因だもの」
「ですが、アンジェリカ様。こちらのお部屋は……」
「ええ、分かっているわ。この部屋は亡くなったお母様が私の為に用意してくれた部屋よ。とても大切な思い出のある部屋だから、ローズマリーには悪いけど……あげるわけにはいかないもの」
「アンジェリカ様! 何も悪いことはありません。元はと言えば、ローズマリー様が全ての原因です。あれは絶対に嫌がらせする為だけに言ったはずです! もう私は腹立たしくてなりません」
「ありがとう、ヘレナ」
アンジェリカは少しだけ口元に笑みを浮かべた――
****
――8時半
いつものように、ヘレナとメイドのニアが登校するアンジェリカを見送る為、外に出ていた。
「アンジェリカ様、それでは行ってらっしゃいませ」
「行ってらっしゃいませ、アンジェリカ様」
「ええ。行ってくるわね」
アンジェリカは2人に笑顔で返事をする。
父親に冷遇されているアンジェリカを構ってくれる使用人は、この屋敷にはヘレナとニアしかいない。
なので見送りに出てくれるのは、いつも2人だけだったのだ。
しかし、この日だけは違っていた。
「ちょっと待って! お姉様!」
突然屋敷の方から声が聞こえ、3人は振り向いた。すると、こちらへ向かって駆け寄ってくるローズマリーがいる。
「え? ローズマリー?」
(一体何しに現れたのかしら……?)
アンジェリカに緊張が走る。
「ま! 一体何の用なのかしら」
「本当ですね」
ヘレナとニアが小声で話していると、ローズマリーが息を切らせながらやってきた。
「はぁ……はぁ…‥よ、良かった……間に合って」
「どうかしたの? ローズマリー」
アンジェリカはローズマリーの息が整うのを待ってから、声をかけた。
「私、お姉さまに謝りたくて、捜していたの。そうしたら、外に出ている姿を見つけて慌てて出てきたの」
「そうだったのね」
すると、突然ローズマリーが謝ってきた。
「ごめんなさい! お姉様!」
「え? 何を謝るの?」
「はい、それは私の我儘のせいでお姉さまがお父様に酷く怒られてしまったから。まさかお父様がお姉様を叩くなんて、思いもしなかったの」
「まぁそれでわざわざ謝る為に私を捜していたの?」
「はい、そうです。お姉様……あの、私のこと嫌いになった?」
涙目でアンジェリカを見つめるローズマリー。その姿にアンジェリカは心打たれた。
「まさか、嫌いになるはずないわ。だって、私たち姉妹でしょう?」
「本当!? ありがとう! お姉様!」
「え? キャッ!」
ローズマリーはアンジェリカに抱きついてきた。
「お姉様、行ってらっしゃい」
「ええ。行ってくるわ」
ローズマリーの髪をそっと撫でながら思った。
(やっぱりローズマリーは良い子なのだわ。ヘレナの考え過ぎだったのね)
「お姉様、帰ってきたら一緒に私の部屋でお茶を飲みましょう?」
「そうね。楽しみにしているわ」
……その後、アンジェリカは3人に見送られながら学校へ向かった。
ローズマリーとのお茶会を楽しみに思いながら――