「そ、そんな……離れなんて……」
アンジェリカの声が震える。
ブライトン伯爵家の敷地には、邸宅から少し離れた場所に、打ち捨てられたかのような古びた屋敷があるのだ。
「何ですって!? アンジェリカ様をそんな場所に住まわせると言うのですか!?」
ニアが痛みを堪えて叫んだとき。
「黙れっ! これは当主である私が決定したことだ! 口答えするならクビにするぞ!」
廊下にチャールズの声が響き渡った。
「あ……お、お父様……」
アンジェリカは震えながら父親に視線を移し……息を飲んだ。
何故なら、チャールズの背後には頬を腫らしたヘレナが佇んでいたからだ。
「ヘレナッ! お父様、ヘレナに何をしたのですか!?」
「当主に逆らう者に罰を与えただけだ! クビにされなかっただけ、ありがたく思え! いいか? 良く聞け。お前が今迄使っていた部屋は今日からローズマリーの部屋になる。そしてお前は離れの屋敷で暮らすのだ。妹を大切に出来ないような薄情者は、この屋敷に住む価値など無いわ!」
とうとうアンジェリカの目から大粒の涙が溢れだした。
「どうしてですか……? お父様、どうして私をそんなに嫌うのですか? 私はお父様の娘ではないのですか……?」
「アンジェリカ様…‥‥」
ヘレナが青ざめた顔でアンジェリカを見つめている。
「あぁ、いっそのこと他人だったら良かったのにな。だが、残念なことにお前は正真正銘私の娘だ。ただし、一度も愛したことなど無かったがな」
「そ、そん……な……」
「そもそも私はお前の母、アンジェリーナと結婚する気など毛頭なかった。何しろ大切な女性がいたのだからな。それが誰かは知っているだろう? なのに、親の言いつけで私たちは泣く泣く引き離され、さらに跡継ぎを作ることを強要されたのだ! お前が男だったらまだ良かったが、よりにもよって女で生まれてきおって……追い出されないだけマシだと思え!」
憎々し気にアンジェリカを睨みつけるチャールズ。
一度も愛したことが無い……その言葉はアンジェリカの心を深く抉る。
もう、言葉を発することも出来ない。ただボロボロ涙を流しているとチャールズが怒鳴りつけてきた。
「泣くな! 鬱陶しい! もう顔を見るのもうんざりだ! とっとと出て行け! その代わり、お前に与えて来たものは全てやる。伯爵家の令嬢として見劣りしないように今まで通り援助もしてやろう。ただし、二度とこの屋敷には足を踏み入れるな! 分かったか!」
「旦那様! もうこれ以上アンジェリカ様を傷つけないで下さい!」
ヘレナがチャールズに訴えた。
「うるさい! また指図する気か!」
チャールズがヘレナに手を上げそうになった時。
「お父様! やめてください!」
アンジェリカが叫んだ。
「お父様に言われた通り、離れに住みます。二度とこの屋敷に足を踏み入れませんし、お望みと言うのであれば……お父様の前に姿を現しませんから‥‥‥ど、どうかヘレナに手を上げないで下さい……お願いします……」
ボロボロ泣きながら、アンジェリカは必死で頭を下げる。
「……その言葉、嘘ではないだろうな?」
「はい、嘘ではありません……」
するとチャールズは満足げに頷いた。
「よし、なら分かった。今すぐここから出て行け。そこのメイドと、侍女は連れて行きたければ勝手にしろ」
「分かりました……お父様」
アンジェリカは弱々しく返事をすると、フラフラとエントランスへ向かって歩き出した。
「アンジェリカ様!」
「お供いたします!」
その後を、ヘレナとニアが追う。
この日、アンジェリカは18年間暮らしていた屋敷を追い出されてしまった――