アンジェリカが離れの屋敷に追いやられて、初めて週末を迎えた日の出来事だった。
――午前10時
アンジェリカはヘレナと一緒に屋敷の掃除をしていた。
「申し訳ございません。まさか伯爵家の御令嬢であるアンジェリカ様にお掃除まで手伝わせてしまうことになるんて……」
箒で床を掃いていたヘレナが申し訳なさそうに謝罪する。
「あら、いいのよ。だって自分たちが暮らす屋敷を皆で掃除するのは当然のことよ。それに、お掃除って意外と楽しいもの」
「ですが、もうそろそろセラヴィ様がお迎えに来る時間ではありませんか? お出かけの準備が必要ですよね?」
「大丈夫よ。このエプロンを外せばいいだけだもの」
真っ白でフリルたっぷりのエプロンの裾をつまむアンジェリカ。
「そうなのですね。ところでセラヴィ様はこちらにお見えになるのでしょうか?」
「ええ。ルイスさんがセラヴィに伝えておくと言ってくれているから、多分ここに来てくるはずよ。だから、少しでも綺麗な屋敷で迎えたいの」
しかし、そうは言うものの内心アンジェリカは後悔していた。
(セラヴィがこの古びた屋敷を見たらどう思うかしら……やっぱり外で待ち合わせの約束をしておくべきだったかも……)
しかしこの離れに移ってからはセラヴィとの連絡手段が取れなくなってしまっていたのだ。
屋敷には電話が引かれているが、この離れには無いからである。
しかも高等部に入ってからは男女の校舎がさらに離れてしまい、交流することが出来なくなっていた。
アンジェリカの元気が無くなったことに気付いたヘレナ。
(アンジェリカ様……やはり、この屋敷にセラヴィ様をお招きするのに気が引けているのだわ……だったら)
「アンジェリカ様、少し今日は髪型を変えてみませんか?」
「え? 髪型を?」
「ええ、そうです。私にお任せ下さい」
ヘレナは笑顔で頷いた――
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「どうですか? アンジェリカ様?」
ドレッサーに映るアンジェリカにヘレナが尋ねる。
「素敵だわ。こんな髪型があったのね。ありがとう、ヘレナ」
両サイドの毛を少しだけ編みこみ、後ろでひとまとめにした髪型に満足そうに頷く。
「思った通りです。良くお似合いですよ。アンジェリカ様の美しい髪も引き立って見えます」
「本当? セラヴィ……この髪型気にいってくれるかしら?」
「ええ、勿論です。きっと今まで以上にアンジェリカ様を気にいって下さるに違いありません」
「そう思ってくれるといいけれど……フフ。セラヴィに会えるのが楽しみだわ」
鏡の中で笑うアンジェリカ。
しかし……セラヴィは時間になっても現れることは無かったのだ
ボーン
ボーン
ボーン
振り子時計が11時を知らせる鐘を鳴らす。
「……」
アンジェリカは居間に置かれたカウチソファに座っていた。
目の前のテーブルに置かれた紅茶はすっかり冷めてしまっている。
「アンジェリカ様……紅茶が冷めてしまっていますね。新しいのをお煎れいたしましょうか?」
ヘレナが躊いながら尋ねるも、アンジェリカは力なく首を振る。
「いいの……喉は乾いていないから……」
その様子を見つめていたニアがヘレナにそっと耳打ちする。
「一体、セラヴィ様はどうしてしまわれたのでしょう」
「そうね。ルイス様がセラヴィ様に知らせてくれることになっているのに」
「私が屋敷に行って様子をみてきましょう」
ニアの提案に、ヘレナは難色を示す。
「そんなことをして大丈夫かしら……旦那様から二度と屋敷に足を踏み入れるなと釘をさされているのに……私たちは顔を知られているからバレてしまうのではないかしら?」
「大丈夫です。私だと分からないように眼鏡をかけて、髪型も変えますから」
「そう? それじゃ、ニア。様子を見て来て頂戴」
「はい、分かりました。では準備が出来たら行って参りますね」
ニアは小声で返事をすると、準備をするために居間を出て行った。
その後、変装したニアは屋敷に様子を見に行き……驚きの話を耳にするのだった――