ルイスに連れられて、廊下を歩くアンジェリカは酷い姿をしていた。
赤くはれた頬に切れた唇。髪はほつれ、生気の抜けた顔をしていた。
ルイスはアンジェリカが心配でならなかった。
(お気の毒に……旦那様から暴力を振るわれ、ローズマリー様からは心無い言葉で責められたに違いない)
けれどルイスはここの使用人。主人に対し、何も言える立場では無かった。
彼に今できることは……。
「アンジェリカ様、大丈夫ですか?」
「……はい。大丈夫です……あの、ところでルイスさん」
「何でしょうか?」
「この廊下は勝手口へ続く廊下ではありませんよ? このまま行くと正面口に出てしまいますけど……」
「いえ、こちらの方角であっております」
「でも……」
アンジェリカは俯く。
確かに、ルイスの行動は主に対する反抗と取られても仕方が無かった。
何しろチャールズは使用人全員に、用事があってこの屋敷に呼ぶ場合は絶対に正面口を使わせるなと命じていたからだ。
だが、ルイスにはそのような真似は出来なかった。
この時間、勝手口へ続く廊下は使用人達で溢れている。
そんな場所にアンジェリカを連れていく事は出来なかったのだ。
ルイスに出来るのは、アンジェリカを人目に触れないように外に連れていくことだった――
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無事にエントランスから外へ出て、離れの門までアンジェリカを案内すると、ルイスは声をかけた。
「それではアンジェリカ様、足元が暗いのでどうぞ気を付けてお帰り下さいませ」
辺りはすっかり暗くなり、夜空には満天の星が輝いている。
「大丈夫です。月明かりが地面を照らしてくれていますから」
アンジェリカは空を見上げ……次にルイスに視線を移す。
「ルイスさん、ありがとうございます」
「何のことでしょう?」
「屋敷を出るときのことです。私が使用人達の目に触れないように、わざと正面口から帰らせてくれたんですよね?」
アンジェリカは照れたように自分の髪に触れる。
「アンジェリカ様……」
「ルイスさんのお心遣い、嬉しかったです」
アンジェリカのけなげな姿に、とうとうルイスは自分の感情を露わにした。
「アンジェリカ様。これからどうなさるおつもりですか?」
「え? どうするって……」
「旦那様たちの言う通りになさるおつもりですか? ローズマリー様が産むお子様を、御自分が別の男性と浮気をして産んだことにされるのですか?」
「……そうですか。当然ルイスさんは知っていますよね?」
「はい。私は……旦那様の執事ですから。ですが、このことを知っているのは極僅かです。使用人達の殆どは知りません。ローズマリー様のお腹が目立ってくる前に、別荘に発たれる予定が入っております」
「別荘……」
アンジェリカがぽつりと口にする。
「どうかされましたか?」
「いえ、別荘があったのだと思って。私は一度も行ったことが無いから」
「さようでございましたか……」
増々アンジェリカに対する同情がルイスの中で募ってくる。
「でも、確かに今から別荘に行って出産してくるのは良い考えですね」
「アンジェリカ様。私だったら……ここから逃げることをお勧めします」
「え?」
アンジェリカの目が見開かれた――