――翌日
アンジェリカは気落ちしたまま登校してくると、いつものように先に来ていたアナが声をかけてきた。
「おはよう。アンジェリカ……って、一体どうしたの? 随分顔色が悪いじゃない」
アナが驚いた様子でアンジェリカの両肩に手を置く。
「おはよう、アナ。昨夜はあまり眠れなくて……」
親友のアナに心配かけさせたくなかったので、セラヴィのことは告げるつもりは無かった。それどころか、屋敷を追い出されたことすら話してはいなかったのだ。
「眠れなかったって……何か嫌なことでもあったの? 昨日はセラヴィとデートだったのでしょう?」
デート……その言葉にアンジェリカの肩がピクリと跳ねる。
「やっぱり、その反応は何かあったのね? アンジェリカ、私達親友でしょう? 正直に話して」
真剣な眼差しで見つめるアナ。
「アナ……」
(そうよね。アナは私の親友なのだから、隠し事は良くないわよね)
「アンジェリカ、教えて」
「……分かったわ。実は……」
そのとき。
「おはよう、アンジェリカさん。アナさん」
背後で妙に明るい声でヴェロニカが挨拶してきた。
「おはようございます、ヴェロニカさん」
「おはようございます」
アンジェリカとアナが交互に挨拶すると、ヴェロニカが笑顔で話し始めた。
「ねぇ、アンジェリカさん。昨日は何をしていたのかしら?」
「え? き、昨日……?」
するとアナが代わりに答える。
「何をしていたかって、当然昨日は婚約者とデートをしていたに決まっているじゃないですか」
「ア、 アナ……」
まだ何も事情を知らないアナの返事にアンジェリカは焦った。するとヴェロニカが腰に手を当てた。
「あら、そうなの? 変ねぇ? 実は私、昨日吹奏楽の演奏会に両親と行ってきたのだけど……そこで見てしまったのよ」
吹奏楽の演奏会――その言葉にアンジェリカの顔が青ざめる。一方、アナはそのことに気付いていない。
「見たって、一体何を見たのですか?」
アナが苛立ったように尋ねる。
「フフ、知りたい? なら教えてあげる。私見てしまったのよ。アンジェリカさんの婚約者が別の女性と一緒に会場に入って行く姿を。2人は楽しそうに話をしていたわ」
「そんな嘘言わないで下さい! 大体、ヴェロニカさんはアンジェリカの婚約者の顔を知っているのですか!?」
2人のやり取りする声が大きくなり、クラスメイト達が何事かと遠巻きに見つめている。
「ええ、知ってるわよ。 アンジェリカさんは毎週末、婚約者とデートで色々な場所に出掛けているわよね? その様子を私、何度も見ているのよ。2人はいつも仲良さそうに腕を組んで歩いていたわよね。そうでしょう?」
「そう……です……」
実際にアンジェリカはセラヴィとデート中、何度かヴェロニカに会った事がある。そこで挨拶しようとしても、ヴェロニカは鋭い目で睨みつけて足早に去ってしまっていたのだ。
「ところが、昨日アンジェリカさんの婚約者は別の女性を連れていたのよ。とても可愛らしい方だったわ。2人は演奏会の間も親し気に会話をしていたの。一番上のボックス席に座っていたからその様子がよく見えたわよ」
さりげなく自慢しながら、アンジェリカが聞きたくも無い話を容赦なく続ける。
けれど、そこで一つ疑問が湧いた。
「あ、あの……一つ、聞きたいことがあるのですが……本当に2人だけだったのでしょうか……?」
勇気を振り絞って尋ねる。
「あら? 何よ。もしかして私の話を疑っているの?」
「ちょ、ちょっとアンジェリカ。もうこの話はやめにしたら?」
アンジェリカの顔が真っ青になっていることに気付いたアナが止めに入った。
「で、でも……お義母様が一緒だったはずなのよ」
その声は今にも消え入りそうだった。
「さぁね、そんなのは知らないわ。私の目には2人だけで来ているように見えたわ。大体、普通はデートに親がついていくわけないじゃない」
「デート……」
デートと言う言葉に、アンジェリカの心は傷つく。
「でも、今の発言で分かったわ。アンジェリカさん、つまりあなたは姉妹に婚約者を奪われてしまったと言うわけね?」
婚約者を奪われた……という言葉に、周囲にいた生徒達が騒めく。
誰もがヴェロニカの発言は酷いと思ったが、侯爵令嬢という高位貴族の彼女に言い返せるものは誰もいない。たった1人を覗いて。
「いい加減にして下さい! これ以上アンジェリカを虐めるのはよして下さい!」
これ以上黙っていられなくなったアナが抗議したとき。
「皆さん、何をしているのですか? とっくに授業は始まっているのですよ? 席に着いて下さい!」
女性教師が教室に入って来たので生徒たちは慌てて着席し、この場はお開きになってしまったのだった――