馬車がセラヴィの屋敷に到着した。
「……」
じっと屋敷を見つめるアンジェリカに声をかけるヘレナ。
「アンジェリカ様、どうかなさいましたか?」
「ヘレナ……大丈夫かしら。私、約束も取り付けないで勝手にセラヴィの家に来てしまったわ」
不安そうな表情を浮かべるアンジェリカにヘレナは笑顔で答える。
「大丈夫ですよ。何と言ってもアンジェリカ様はセラヴィ様の婚約者なのですよ? 婚約者の家を訪ねることくらい、どうと言う事はありません」
「それならいいのだけど……」
「ええ、そうですよ。それでは私がノックいたしますね」
躊躇うアンジェリカの代わりに、ヘレナは呼び鈴を鳴らした。
「「……」」
少しの間2人は扉の前で待っていた。すると目の前の扉がゆっくり開かれ、ドアマンが現れて怪訝そうに首を傾げる。
「どちら様でしょうか?」
セラヴィの屋敷を滅多に尋ねたことが無いアンジェリカの顔をドアマンは知るはずも無い。
するとアンジェリカが口を開く前に、ヘレナが説明した。
「こちらのお嬢様はアンジェリカ様です。ブライトン家の御令嬢で、セラヴィ様の婚約者でいらっしゃいます」
「え? セラヴィ様の……? これはとんだ失礼をいたしました。大変申し訳ございません」
ドアマンは慌てた様子で謝罪する。
「いえ、私のことが分からなくて当然です。滅多にここへ来たことがありませんから。それでセラヴィ様はいらっしゃいますか?」
アンジェリカの質問にドアマンが怪訝そうに首を傾げる。
「あの……御存知無かったでしょうか? セラヴィ様は本日、ブライトン家に寄って帰るとおっしゃられていたのですが」
「え!? セラヴィが!?」
何も聞かされていない話にアンジェリカの顔が青ざめる。するとヘレナが咄嗟に機転を利かせた。
「あ……そう言えば、そんな話をされていましたね。私がお伝えし忘れておりました。アンジェリカ様、大変申し訳ございません」
そしてヘレナは深々と頭を下げる。
「え? ヘレナ?」
「それでは私たちはこれで失礼致します。セラヴィ様をお待たせしてはいけませんからね。参りましょう、アンジェリカ様。それではこれで私たちは失礼致します」
ヘレナは戸惑うアンジェリカの手を引いて、屋敷の前から連れ出した――
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「先ほどはアンジェリカ様の気持ちも考えず、申し訳ございませんでした」
馬車が走り始めるとすぐにヘレナはアンジェリカに謝罪した。
「……ねぇ、ヘレナ。さっきはどうしてあんなことを言ったの?」
馬車が走り始めると、すぐにアンジェリカは尋ねた。
「アンジェリカ様の為です」
「私の為?」
「はい、婚約者と連絡を取り合うことも出来ない関係だと思われるわけにはいかないと思ったからです。そうしなければ、相手の使用人達に舐められかねませんから」
毅然とした態度で答えるヘレナ。
「そうね。婚約者にすっぽかされたと思われるかもしれないものね。ありがとう、ヘレナ」
「アンジェリカ様……」
「でも、本当に行き違いかもしれないわ。ひょっとすると、セラヴィは誰かに私の事情を聞いて会いに行ってくれたのかもしれないし」
アンジェリカは笑う。勿論ヘレナにはアンジェリカが無理をしていることは分かっていた。
「ええ、そうですね。お待たせする訳にはいきませんからすぐに帰りましょう」
ヘレナはアンジェリカの手を握りしめるのだった――