アンジェリカは離れに戻るとリビングの扉から中を覗き込んだ。
すると背中を向けてソファに座るセラヴィの姿がそこにあった。
(セラヴィ……一体何をしに来たのかしら……会いたくは無かったのに)
けれど家にあげてしまった以上、会わないわけにはいかない。
何しろ今も名目上、セラヴィは婚約者だからだ。
「どうされますか? アンジェリカ様」
ヘレナが小声で尋ねてくる。
「会うわ。会って……用件を聞いたら、すぐに帰ってもらうわ」
アンジェリカは意を決すると、声をかけながらリビングに入っていった。
「お待たせしました」
「遅いじゃないか」
セラヴィは振り向き……眉を顰めた。
「何だ? その貧相な姿は。しかもエプロンまでしているなんて」
「外で畑仕事をしていたので、エプロンをしていました」
「畑仕事だって? そんなことしていたのか?」
アンジェリカは向かい側の椅子に座り、その背後にヘレナとロキがつくとセラヴィは2人に声をかけた。
「使用人は出て行けよ、俺はアンジェリカに用事があってきたんだ」
「いいえ。出て行くわけにはまいりません」
「私たちはアンジェリカ様を見守る立場にありますので」
ヘレナとロキが返事をする。
「ったく……生意気な奴らめ」
忌々し気に2人を睨みつけると、セラヴィは膝を組む。その姿はとても横柄で、アンジェリカはいやな気分になった。
(知らなかったわ……セラヴィはこんなに横柄な人だったのね。8年も一緒にいたのに、私はその事に気付けなかったなんて……)
するとアンジェリカの視線に気付いたいのか、セラヴィは視線を向けてきた。
「何だよ。その顔は。何か言いたげだな」
「いいえ、別に何もありません」
「ふん、そうか。それにしても、酷い場所だ。よくもこんな場所に住んでいられるな。俺だったら絶対に無理だな」
「今日、こちらへいらした理由を教えていただけますか?」
何処までも馬鹿にしたような態度を取るセラヴィだったが、アンジェリカは冷静に対応した。
「その様子だと、本当に何も知らされていないようだな」
「一体なんのことでしょうか?」
「昨日、ローズマリーが子供を産んだ。生まれた子供は女の子だった」
「! そう……ですか」
これには流石のアンジェリカも驚いた。勿論ヘレナもロキも同様に。
「子供を産んだのはローズマリーだが……表向きはアンジェリカ、お前が産んだことになる。どうだ? 未婚で、しかも自分が産んだわけでもないのに母親にさせられる気分は」
もうこれ以上、ヘレナは聞いていられなくなった。
「セラヴィ様! あまりにも言葉が過ぎるとは思わないのですか!?」
「黙れ! 使用人の分際で生意気な口を叩くな!」
「私はアンジェリカ様の使用人であり、セラヴィ様の使用人ではありません!」
ヘレナは尚も言い返す。するとセラヴィは口角を上げた。
「ふ~ん……いいのか? 俺がお前の態度が悪いと伯爵に報告しても」
「! そ、それは……」
言葉に詰まると、アンジェリカが素早く反応した。
「ヘレナ、セラヴィに歯向かわないで」
「アンジェリカ様……ですが……」
「お願いよ、ヘレナ。あなたにまでもしものことがあったら……」
「分かりました……」
不本意だが、ヘレナは頷く。すると調子に乗ったのかセラヴィがさらに要求してきた。
「よし、なら2人とも。部屋を出て行け、アンジェリカと2人だけにさせろ」
「「!!」」
この言葉に、ヘレナとロキは息を飲んだ――