「何故私たちが部屋を出て行かなければならないのですか!?」
「そうです! そんなのは間違えています!」
ヘレナとロキが交互に訴える。
「うるさい! 俺はまだ名目上はアンジェリカの婚約者だ! 婚約者と2人きりになって何が問題だって言うんだよ!」
怒鳴りつけるセラヴィ。
(このままではいけないわ……! セラヴィがお父様にヘレナとロキの態度が悪いと訴えたら、どんな目に遭うか分からないわ……)
そこでアンジェリカは声を上げた。
「2人とも! お願い、部屋を出て!」
「アンジェリカ様……」
「そんな……」
ヘレナとロキが青ざめた表情でアンジェリカを見つめた。
「私とセラヴィ様の2人にさせて。お願い」
アンジェリカに言われてしまえば、2人は従うしかなかった。
「わ、分かりました……けれど、その代わり部屋の扉は開けさせておいていただきます」
ヘレナが言うと、セラヴィは手で追い払う仕草を見せた。
「フン、勝手にしろ。早く出て行け」
まるで追い払われるように2人が部屋を出て行くと、セラヴィは腕組みしてアンジェリカに話しかけた。
「……これで、やっと2人きりになれたな」
「……」
けれど、アンジェリカは返事をしない。かつては愛した相手だったが、今では父親と同等。恐怖の存在でしかなかった。
「何だ、返事も無しか。本当に可愛げのない女だ。ローズマリーとは大違いだな」
ローズマリーの名前を出され、アンジェリカの肩はピクリと動き……口を開いた。
「まだ……他に、私に何か御用でしょうか?」
するとセラヴィは舌打ちした。
「チッ! 何だ、その言い方は。気に入らないな」
「申し訳ございません。ただ、ローズマリーの出産以外……他にどのようなお話があるか、見当がつかなかったものですから」
なるべく静かな声で返事をする。
「分からないのか? いいか? 世間ではローズマリーは妊娠、出産したことにはなっていない。お前が出産したことになるんだぞ? そうなると必然的に相手は婚約者である俺になってしまうだろう?」
「そうです……ね」
けれどセラヴィとの間に子を成すことなど、アンジェリカには到底考えられない……あり得ない話だった。
想像するだけで鳥肌が立つ。
「だが結婚前に出産したとなると、俺の世間での評判が落ちてしまう。それだけは絶対に避けなくてはならないんだよ。だからお前が浮気して、子を成したことにしたのだろう? この話、覚えていないとは言わせないぞ」
何処までも身勝手な発言を口にするセラヴィ。
(セラヴィは、本当に自分の身の保身しか考えていないのね。ローズマリーも……私の方が余程世間から白い目で見られるに決まっているのに)
「はい……覚えています……」
セラヴィが怖くて、頷いた。
「そこで、お前の相手を見つけてきたぞ。相手は俺たちより2歳年上だ。覚えているか? 卒業式の日、お前とパートナーを組もうとした時に妨害してきた相手さ。あの現場を目撃した学生たちが大勢いてな。だから、丁度いいから噂を流してやったのさ。アンジェリカはあの男と浮気して子供を産んだって」
「え!?」
(ま、まさか……その人って、私が川に入って死のうとしたところを助けてくれた人のことじゃ……)
「だけど、噂って本当に面白いよな。簡単に広がっていくんだから。そのお陰で、男の身元が判明したのさ。男の名前はライアス・ウォーレン。不愛想な男で、『冷血伯爵』っていうあだ名までついている。どうだ? お前にぴったりの相手だと思わないか?」
そしてセラヴィは意地悪そうな笑みを浮かべた――