「何をしているっ! これは一体何の真似だ!?」
チャールズはアンジェリカではなく、セラヴィを怒鳴りつけた。
「は、伯爵……こ、これは……」
セラヴィの顔は真っ青になっている。
「セラヴィッ! お前はローズマリーが産んだ子供の父親なのだろう!? それなのに、何故、アンジェリカに手を出している!」
え……?
アンジェリカは耳を疑った。
もう二度と名前を呼ばれることは無いと思ったのに、父親の口から「アンジェリカ」という名前が出てきたことに驚いたのだ。
セラヴィに襲われかけたのは恐怖だったが、父親から「アンジェリカ」と呼ばれた驚きの方が勝っていた。
「ち、違うんです! こ、これは……そう! アンジェリカが俺を誘惑してきたからなんですよ! だからつい、魔が差して……悪いのは俺ではありません!」
セラヴィの口から信じられない台詞が飛び出す。
けれど、アンジェリカは反論しなかった。
(どうせ、お父様は私の話を聞いてはくれないわ……)
黙って俯つくアンジェリカを見て調子に乗ったセラヴィは続ける。
「ほら! 伯爵! その証拠に何も言い返さないですよ! これで分かったでしょう? 俺は悪くありません、誘惑したアンジェリカが悪いんですよ」
「成程……そういうことか」
チャールズはジロリとアンジェリカを睨みつけた。
(まさか……また殴られるのかしら?)
恐怖で身体が震える。
しかしチャールズはアンジェリカを一瞥するだけで、セラヴィに視線を移した。
「セラヴィ、もうアンジェリカに用件は伝えたのだろう?」
「はい、そうですが……」
「ならいつまでここにいるつもりだ。屋敷に戻るぞ」
「え? で、ですが……他にもまだ話が」
セラヴィはアンジェリカに視線を移す。恐ろしいことにアンジェリカを自分の物にしてしまおうと考えていたのだ。
「いいから来なさい。こんな汚らしい場所にいつまでもいるものではない」
チャールズは強い口調でセラヴィに命じる。
「わ、分かりました……」
「なら行くぞ」
チャールズは背を向けて部屋を出て行こうとするも、セラヴィはまだアンジェリカを見つめている。
(セラヴィ……)
まるで絡みついて来るような視線に、身動きが取れない。
「何をしている。セラヴィ、早く来るのだ」
「……はい」
ようやく観念したのかセラヴィは背を向けると、チャールズと部屋を出て行った。
1人になると、アンジェリカはポツリと呟いた。
「……お父様……もしかして、私を助けてくれたの……?」
あの時、自分に向けられた視線はいつものように恐ろしい視線では無かった。
ただ驚愕したような……そんな視線だった
――そのとき
「アンジェリカ様っ!」
ヘレナが部屋に飛び込んできた。
「あ……ヘレナ……」
「アンジェリカ様! ご無事でしたか!? セラヴィ様に何もされませんでしたか!?」
ヘレナはアンジェリカの肩に両手を置く。
「え、ええ。大丈夫、何もされなかったわ」
本当は無理やりキスされ、襲われそうになったが心配させたくはないので黙ることにした。
「そうですか……良かった……」
安堵のため息をつくヘレナ。
「あのね、ヘレナ。お父様が私を助けてくれたのよ」
「え? 旦那様が?」
「ええ。セラヴィを連れだして行ってくれたの」
「そんな……まさか。ただ呼びに来ただけでは無いでしょうか?」
チャールズが嫌いなヘレナは納得できない。
「そうかもしれないけど……でも、『アンジェリカ』って名前を呼んでくれたのよ?」
「え!? そうなのですか!?」
これにはさすがのヘレナも驚く。
「名前を呼んでもらえて嬉しかったわ……」
「アンジェリカ様……」
嬉しそうなアンジェリカをヘレナは複雑な気持ちで見つめるのだった――