突然のセラヴィの訪問から早いもので、一週間が経過していた。
離れのある敷地から絶対に出ることを禁止されていたアンジェリカは、いつものように家の仕事をしていた。
今日はエルと一緒に台所で料理を習っている。
「そうそう、アンジェリカ様。お上手ですよ?」
ジャガイモの皮を剝いているアンジェリカに優しく指導するエル。
「本当? 嬉しいわ」
「それでは次にニンジンの皮剥きをしましょうか? このピーラーを使いますよ」
エルがアンジェリカにピーラーを手渡す。
「これで剥けばいいのね? やってみるわ」
アンジェリカがニンジンを手に取ろうとしたその時。
「アンジェリカ様、よろしいでしょうか?」
台所に執事のルイスが現れた。
「あ……ルイスさん……!」
「旦那様がお呼びです。屋敷にお越しください」
「お父様が……?」
そこへ、ルイスが来たことを知ったヘレナが慌てた様子で駆けつけてきた。
「ルイス様、お願いです。私も一緒について行かせて下さい! アンジェリカ様が心配なのです」
しかし、ルイスは首を振った。
「いや、それは出来ない。旦那様はアンジェリカ様だけを呼ばれているからだ」
「ですが、前回の様にアンジェリカ様が暴力を振るわれるかもしれないではありませんか!」
「その時は私が身を挺してでもアンジェリカ様をお守りする」
「「「え!?」」」
ルイスの言葉に、ヘレナとエルが驚く。
「ルイスさん……」
するとルイスがアンジェリカに声をかけた。
「参りましょう、アンジェリカ様」
「は、はい」
アンジェリカはエプロンを外すと、エルが受け取った。
「アンジェリカ様、続きはまた後日になさいますか?」
「……ええ。そうするわ。それではヘレナ、エル。行ってくるわね」
「はい、お気をつけて」
「行ってらっしゃいませ」
ヘレナとエルに見送られ、アンジェリカは屋敷へ向かった――
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屋敷へ向かいながら、ルイスが声をかけてきた。
「アンジェリカ様……とうとうお逃げにならなかったのですね」
「はい。ここを逃げても、1人で生きていける自信が無かったので」
本当は命を絶とうとしていたことなど、言えるはずもない。
「私はアンジェリカ様に逃げていただきたかったです」
「ルイスさん……?」
アンジェリカはルイスの言葉に驚いていた
この屋敷の筆頭執事、ルイスは冷静沈着な人物だった。私的な感情は一切見せることは無い。常に屋敷のことを第一優先に考え、当主であるチャールズに逆らったことなど一度も無い人物だったはず。それが今は、自分の本音を語っているのだから。
「私は、アンジェリカ様が心穏やかに暮らせることを望んでおりました。なので、ここから逃げて下さることを提案させていただいたのですが……こんなことになるのでしたら、強引に連れ出すべきだったと後悔しております」
「え……?」
アンジェリカは驚いてルイスを見上げた。
「アンジェリカ様は、離れにこもっておられるのでご存知無いでしょうか……世間の評判は酷いものです……本当にお守りすることが出来ず、申し訳ございません」
ルイスはアンジェリカに頭を下げてきた。
「そ、そんな! 謝らないで下さい。ルイスさんは何も悪くありませんから」
そこまで話した時、2人は屋敷のエントランスの前に辿り着いた。
「え……? ここは正面入り口ですよ? 私は通用口しか利用できないのではありませんか?」
「いいえ、アンジェリカ様は紛れもなく、ブライトン伯爵家の御令嬢なのです。遠慮なくこちらからお入り下さい。例え何かあっても、私が責任をとりますので」
ルイスはアンジェリカを馬鹿にする使用人達の目に触れさせたくは無かったのだ。
「ありがとうとございます、ルイスさん」
ルイスの優しさに、アンジェリカは心から礼を述べる。
「それでは参りましょう、アンジェリカ様」
「はい」
こうしてアンジェリカはルイスの案内でチャールズの元へ向かった――