チャールズの書斎の前に辿り着くと、ルイスは扉をノックした。
――コンコン
「失礼いたします旦那様、アンジェリカ様をお連れいたしました」
声をかけながらルイスは扉をノックすると、書斎机に向かっているチャールズの姿がある。
「来たか」
チャールズはジロリとアンジェリカを睨みつける。
「は、はい。お父様……」
「ルイス、お前は下がっていろ」
ルイスは一瞬アンジェリカに視線を移し、恭しく頭を下げた。
「それでは私は扉の外で待機しております。何かありましたら、お呼び下さい」
――パタン
扉が閉じられ、室内はアンジェリカとルイスの2人きりとなる。
今回はどんな用事で呼び出されたのか全く見当がつかず、アンジェリカは緊張していた。
(また酷く暴力を振るわれるのかしら……)
怯えた気持ちでチャールズの言葉を待っていると、意外な言葉をかけられた。
「セラヴィが離れに行くことはもう無いだろう。ローズマリーに知られたくなければ、二度と離れには行くなと釘を刺しておいたからな」
「……え?」
「あの若造……あんなに手が早い男だとは思わなかった。……問題ばかり起こしおって。大切なローズマリーに手を出して妊娠出産までさせておきながら……よもや、お前にまで手を出そうとするとは愚かな奴だ」
「お父様……」
(やっぱり、お父様は私のことを心配してくれて……)
しかしチャールズが口にした言葉は、アンジェリカが期待していたものとは違っていた。
「大体、お前がセラヴィから傷物にされてしまえば、嫁ぎ先の相手に嘘をついたことになってしまうからな」
「え……?」
アンジェリカには、チャールズが何を言っているのか理解出来なかった。
「あの……お父様。それは一体どういうことなのでしょうか……?」
するとチャールズがニヤリと笑う。
「喜ぶがいい。お荷物だったお前に嫁ぎ先が見つかったぞ」
「え!? と、嫁ぎ先って……」
「お前はセラヴィの流したデマによって、世間では婚約者がいながら別の男と浮気をして、子供を成したことになっている。今、町ではその噂話で持ち切りだ。そのせいで我が家は他の貴族たちから笑い物にされてしまった」
「え!? で、ですが……それは全てセラヴィとローズマリーの間で起こった話ですよ? 私は一切何の関係も……」
「黙れ! 口答えするな!」
チャールズは手を振り上げた。
また叩かれると思ったアンジェリカはギュッと目をつぶるも……平手打ちは飛んでこない。
恐る恐る目を開けるとチャールズは自分自身の手を押さえていた。
「危ないところだった……危うく手を挙げてしまうところだった……」
チャールズは息を整えると、再びアンジェリカを怒鳴りつけた。
「大体ローズマリーとセラヴィが問題を起こしたのは、自分のせいだとは思わないのか!? お前がセラヴィの心をつなぎ留めることが出来ていれば、ローズマリーに手を出すことなど無かったはずだとセラヴィ自身が話していたぞ!」
「そ、そんな……!」
余りにも身勝手な言い分のセラヴィにアンジェリカの顔は青ざめる。
「だから、お前はローズマリーの身代わりになるのだ。これは当然のことだ」
「……」
アンジェリカはもう反論する気力も失っていた。
そんな彼女を前に、チャールズは続ける。
「お前が嫁ぐ相手は、ライアス・ウォーレンという男だ。聞いたことはあるか? 世間からお前の浮気相手とされてしまった人物だ」
「え……?」
アンジェリカは驚きで目を見開いた――