「ライアス・ウォーレン……?」
アンジェリカが震えながら名前を口にする。
「あぁ。その男とお前が結婚することが決まった。知っているか? ウォーレン家はうっそうとした森の奥に城を構える伯爵家の家の者だ。ライアスという人物は当主になったばかりで血も涙もない冷血伯爵と言われている。だからだろう、20歳にもなって未だに婚約者もいなかったのは」
「冷血伯爵……?」
その話がアンジェリカには俄かに信じられなかった。
ヘレンと町へ出掛けたあの日。人生に絶望していたアンジェリカは無意識に川に近付き、命を絶とうとしていた。
その自分を助けてくれたのがライアスだ。
(私を助けてくれたあの人が……冷血伯爵だなんて……そんな風には見えなかったのに)
チャールズは不敵に笑う。
「どうした? 冷血伯爵と言われて怖くなったか? 噂によると彼は極度の女嫌いで今迄全ての縁談を断ってきたそうだ。今回セラヴィの流した嘘の噂話があまりに広がり過ぎて、王室にまで届いてしまった。しかもライアスは当主になる前は王宮勤めの騎士だったらしく、陛下も彼のことを知っていたのだ。そこで責任をとらせる為に、お前と婚姻せよと王命が下されたのだよ。さぞかしライアスは怒っているだろうなぁ。身に覚えのない噂を流された挙句、お前と結婚する羽目になってしまったのだから」
チャールズは何が面白いのか、クックッと肩を震わせる。
「そ、そんな……王命が……?」
(王命はどんなことがあっても絶対に逆らえない。伯爵は意にそぐわないのに、無理やり私と結婚させられてしまうことになったのね……)
相手に申し訳なくてたまらない。
そんなアンジェリカを、チャールズはさらに追い詰める。
「それにしてもついていた。セラヴィがバラまいた嘘がここまで大きくなるとはな。最初は何てことをしてくれたのだと憤慨したが、まさか陛下が動いて下さるとは予想外だった。そのお陰でお前という厄介者を押し付けることが出来るのだからな。生まれてきたローズマリーの子供と一緒に」
「え……? こ……ども……? 一体何のことですか……?」
アンジェリカの顔から血の気が引く。
「何だ、その顔は? まさか、お前は自分一人で冷血伯爵に嫁ぐと思っていたのか?」
それまで笑顔だったチャールズの顔が不機嫌に歪む。
「違うのですか……?」
「当然だ! どこの世界に生んだ子供を置いて、嫁ぐ者がいるのだ!」
チャールズの怒声が響き渡る。
「ですが、産んだのはローズマリーで私の子供ではありません。子供を産んだローズマリーが育てるべきでは無いのですか? たとえ、世間からは私が産んだことになっていても……」
「何を言っている! お前が産んだことになっているのだから、育てるのが当然だろう! ブライトン家にとっても、ヴァレンシア家にとっても、ローズマリーが産んだ子供は邪魔なのだ!」
「そ、そんな邪魔だなんて……それでは生まれてきた子供が可哀想ではありませんか?」
「そう思うなら、なおさらお前が引き取って育てるべきだろう? 今赤子は生まれたばかりで、連れてくることが出来ない。だが半月後にはこちらに連れてくる予定だ。その後、お前は赤子を連れてここを出て行け! そしてウォーレン家に嫁ぐのだ!」
当然チャールズの命令にアンジェリカは逆らうことが出来ない。
「はい……分かりました。お父様……」
アンジェリカは力なく頷くしかなかった――