「良いか、アンジェリカ。赤子は半月後、代理の乳母によって汽車でこの町に到着することになっている。その時、お前も駅に来るのだ。そのまま赤子を連れてウォーレン家に嫁いでもらうから支度をしておけ」
チャールズの話にアンジェリカは耳を疑った。
「え……? お父様、そのままですか? 産まれて半月の赤ちゃんを連れて……ですか?」
子育てなどしたことも無いアンジェリカにとって、あまりにも無謀な話だった。
「フン、案ずることは無い。生まれた赤子は、いくら厄介者でもローズマリーが産んだ子供だからな……みすみす子育て経験が全くないお前に簡単に託すわけにもいくまい。だから特別にヘレナを侍女としてウォーレン家へ嫁ぐことを許してやろう。何しろあの女は母を亡くしたお前を育て上げたのだからな」
「ヘレナを……」
「だからと言って、ヘレナに丸投げするでないぞ! 世間ではお前が子供を産んだことになっている。これ以上我が家の評判を落とすわけにはいかないからな! きちんと育てるのだぞ! 分かったか!?」
「はい、お父様……」
アンジェリカは素直に頷いた。
本当は拒絶したかったのだが、そんなことをすればチャールズの怒りを買ってヘレナを連れていくことを許されないかもしれない。
「お前は金が無いだろう。赤子は何かと金がかかるからな……支援金を払ってやろう。それで必要な物は揃えるのだ。ただし、お前の物は一切買うことは許さぬ。良いな?」
元より、アンジェリカはチャールズからの援助はとうに諦めていた。もしチャールズにその気があるなら、とっくにアンジェリカにお金を渡していたはずだからだ。
「分かりました。ですがウォーレン家に嫁ぐのに持参金を用意しなくても良いのでしょうか?」
「持参金だと? お前にか? 冗談じゃない!」
再びチャールズの怒声が飛んでくる。
「よいか!? お前はこの世に生まれて来た時から私のお荷物でしかなかったのだ! 学校に通わせ、今迄ここに置いて貰っただけマシだと思え! それを持参金など……何処までも図々し奴め! そんなに持参金がいるならば自分たちで用意しろ! 私は一切関与しないからな! 全く……お前のせいで不愉快になったではないか!」
「も、申し訳ございません……」
震えながらアンジェリカは謝罪した。
「半月後、赤子が到着するときに連絡をしに行く。いつでもここを発てるように準備をしておけ。良いな? 分かったのならとっとと出ていけ」
「……はい。では失礼いたします」
アンジェリカは会釈すると、チャールズの書斎を出た。
――パタン
扉を閉めると、少しの間立ち尽くしていた。
アンジェリカはもう何も感じることが出来ずにいた。
父親に存在自体を否定され、セラヴィの裏切りと嘘によって完全に追い詰められてしまったのだから無理もない。
「アンジェリカ様……」
俯いていると、執事のルイスが声をかけてきた。
「ルイスさん……」
「離れに戻りましょう。お供いたしますから」
「……お願いします」
コクリと小さく頷くアンジェリカ。
「では参りましょう」
ルイスはアンジェリカを連れて屋敷を後にした――