屋敷を出るまで、ルイスは無言で歩いていた。その後ろをアンジェリカも黙ってついていく。
離れが見えてくると、ようやくルイスは口を開いた。
「アンジェリカ様……お力になれず、申し訳ございませんでした」
「いえ、ルイスさんは私に良くして下さいました。今日も、私が父に暴力を振るわれないか見守る為に、扉の前で待っていてくれたのですよね?」
「その通りでございます。私にはそれ位のことしか出来ませんから。……やはり……旦那様の命令に従うのですか?」
躊躇いながらルイスは尋ねた。
「はい。私には他にどうすることも出来ませんから。それに私のせいで巻き添えに遭ってしまったウォーレン伯爵に謝罪しなければなりません。……許して貰えるとは思いませんが」
「それではウォーレン伯爵の元へ嫁がれるのですね?」
「……いえ。それは少し違います。父の命令なので、ウォーレン伯爵へ行きはしますが、嫁ぎにいくのではなく、謝罪をするために行くつもりです」
「謝罪ですか?」
「はい、謝罪です。卒業式の日にセラヴィと揉めていたところを、ウォーレン伯爵が助けてくれました。そのせいでセラヴィから、ありもしない噂を流されて恩人である方を巻き込んでしまいました。挙句に私のような厄介者を押し付けられて、相当怒っていると思います」
ルイスはアンジェリカの話を黙って聞いている。
「なので私はあの方の元に行きます。謝罪し……メイドとして置いて貰おうと思っているのです」
「何ですって!? メイドとして? 伯爵令嬢であるアンジェリカ様が……?」
これには流石のルイスも驚いた。
「はい。それに私がここからいなくなれば離れの人達の負担も減ります。私はここから居なくなった方がいいのです。元々、父にとっては望まれない子供だったのですから」
アンジェリカの声は酷く寂しげだった。
「アンジェリカ様、ですがローズマリー様の産んだお子様を連れて行くのですよね? その子供はどうされるおつもりですか?」
「父に言われた以上、私の子供として責任を持って育てるつもりです。勿論私1人では無理なので、ヘレナの力も借りるつもりですが……。メイドの仕事と子育てを頑張るつもりです」
「自分の産んだ子供では無いのにですか? いっそ、今から何もかも捨てて逃げられてはいかがでしょう? アンジェリカ様が逃亡を望まれるなら、私が責任をもって手引きいたします。いかがでしょうか?」
アンジェリカはルイスの話に目を見開いた。まさかこの期に及んでも、未だに逃げる案を提示してくるとは思わなかったからだ。
けれど、アンジェリカは決意を固めていた。
「父から聞いたのですが、ローズマリーが産んだ子供は誰からも望まれていなかったようなのです。その子に私と同じ物を感じました。だから、私はその子に自分が産まれてきて良かったと思えるように育たいのです。子供も産んだことが無ければ、子育ての経験も無い私がこんなこと言える資格があるとは思えませんが……」
「アンジェリカ様……」
ルイスはアンジェリカの心の広さに感動していた。
「分かりました。そこまで決意を固めていらっしゃるのであれば……もう私からは何も言うことはございません」
ルイスは足を止めると、もう2人の前には離れがあった。
「ルイスさん、今迄お世話になりました。恐らく会うのはこれで最後になると思いますが、どうかお元気で」
「はい、アンジェリカ様も……お元気でいらしてください」
「ありがとうございます」
アンジェリカは笑みを浮かべた……。
――その後
離れに戻ったアンジェリカは全員に事の成り行きを説明した。
ヘレナは当然ついていくことを宣言し、残りの3人はアンジェリカが去ったら離れに戻ることが決定した。
それから半月後、チャールズから連絡を貰ったアンジェリカはヘレナと一緒に駅へと向かうことになった。
ローズマリーの産んだ子供を出迎える為に——