辻馬車は駅に向かって走り続け……40分後に到着した。
荷物を持って馬車を降りたアンジェリカは、初めて見る駅に興奮が止まらない。
父親から憎まれていたアンジェリカは、汽車に乗せてもらうことなど一度も無かったからだ。
「まぁ……これが駅なのね? それにしてもすごい人混みだわ。もしかしてあれが汽車ね? あんなに大きな乗り物が人や物を乗せて走るなんて、信じられないわ」
線路に停車した黒く光る大きな車体からは蒸気が噴き出している。
(アンジェリカ様……汽車を見ただけで、あんなに喜ばれるなんて……伯爵令嬢だというのに、駅へ来るのも初めてなのだから……)
汽車を見ただけで、感心した様子を見せるアンジェリカがヘレナは気の毒でならなかった。
「アンジェリカ様。そろそろ改札に向かいましょう。じきにローズマリー様のお子様を乗せた汽車が到着する時間ですから」
ヘレナに声をかけられ、アンジェリカは自分が浮かれていたことに気付いて恥ずかしくなった。
「やだ……私ったら。そうだったわ。私がここに来たのはローズマリーの赤ちゃんを引き取る為だったじゃない。それじゃ、改札へ向かいましょう?」
「はい、アンジェリカ様」
アンジェリカとヘレナは少ない荷物を持って、駅舎へと向かった。
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駅舎の中も人混みで溢れていた。
改札へ出入りする人々は、アンジェリカの目には誰もが輝いて見えた。
(汽車を利用している人々は、何だか皆希望に満ちているように見えるわ。それなのに私ときたら……)
とうとう自分はブライトン家を追い出されてしまった。そして今からローズマリーが産んだ望まれなかった子供を迎え……歓迎されないウォーレン家にいかなくてはならないのだ。
思わず暗い気持ちになっていると、ヘレナが話しかけてきた。
「それにしても駅というものは、人だかりがすごいですね。けれど、いくら何でも駅で赤子を引き渡すなんて、酷い話ですね。何処かホテルで落ち合うことにしてくれれば良いとは思いませんか?」
ヘレナには、どう考えても嫌がらせにしか思えなかった。
「そう言えば、誰がローズマリーの赤ちゃんを連れてくるのかしら? お父様は、駅に行けば分かると言って、最後まで教えてはくれなかったし……」
「ええ、そうですね。改札で待つようにとは命じられましたが、こちらは誰が駅まで連れてくるのか、全く聞いていないと言うのに……」
また新たな汽車が到着したのか、改札に向かってくる人々の数が増えてきた。
「アンジェリカ様、また汽車が到着したようですね。もしかして、この汽車に乗っていらっしゃっるのでしょうか?」
「だといいのだけど……」
アンジェリカは周囲を見渡しながら、心配そうに眉を顰めたとき。
「あ! アンジェリカ様! あの方は、もしかして……!」
ヘレナが驚きの声を上げる。
「ま、まさか……」
アンジェリカも目を見開く。
改札に向かってこちらへ近づいてくる人々の中に、チャールズがいたのだ。
「お父様……」
まさかチャールズが来るとは思わず、アンジェリカに緊張が走る。
改札を通り抜けた彼は、既にアンジェリカに気付いていたのか真っすぐ近付いて来ると足を止めた。
「言われた通り来ていたようだな」
チャールズはアンジェリカに鋭い目を向ける。
「はい、お父様」
しかしチャールズは返事をすることなく、後ろを振り返る。すると背後から1人の女性が進み出てきた。
その女性は腕に小さな赤子を抱いていた――