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7章 3 迎え 2

 おくるみにくるまれた小さな赤子を抱いた女性にチャールズは告げた。


「アネッサ、アンジェリカにエルマーを渡せ」


「はい、旦那様」


年齢不詳の女性は小さく頷くとアンジェリカに近付き、声をかけてきた。


「アンジェリカ様。両腕を出して下さい」


「え? こ、こうかしら?」


事前に人形で赤子を抱く練習をしていたアンジェリカ。

女性に言われるまま両腕を差し出すと、女性は慣れた手つきでアンジェリカに赤子を手渡す。


「まだ首が座っておりませんので、左腕で赤ちゃんの頭を支えるように抱いてあげてくださいね」


「わ、分かったわ」


自分の胸に近付け、赤子を抱くアンジェリカの顔に笑みが浮かぶ。


「まぁ……」


(こんなに小さくて軽いなんて……すごく可愛いわ。それにミルクの香りがする……)


アンジェリカは眠っている赤子をじっと見つめる。

今女性から赤子を手渡されたばかりだが、アンジェリカに強烈な母性が湧き上がってくる。既に愛しくてたまらない存在になっていた。


するとチャールズが口を開いた。


「……どうやら、良いようだな」


「え?」


その声に驚き、アンジェリカは顔を上げる。今の今まで、チャールズが傍にいることを忘れてしまっていたのだ。


「その子供の名前は『エルマー』だ」


「エルマー……? 男の子ですか?」


アンジェリカはローズマリーが産んだ子供の性別を知らなかった。


「そう、エルマー。今からその子供はお前の子供だ」


「私の……子供……」


じっと腕の中の赤子を見つめる。


「今からお前と、その子供は完全にブライトン家から縁が切れる。二度とブライトン家に戻ることは許さない。分かったな?」


「は、はい……分かり……ました」


何処までも冷たい台詞を吐くチャールズ。アンジェリカは胸の痛みに耐えながら返事をした。


「……ッ」


ヘレナは悔しさのあまり、俯いて震えているも……何も言い返せずにいた。下手に自分が今ここで口を出せば、アンジェリカはただでは済まないと察したからだ。


「当面、エルマーに必要な荷物は全て用意してある。この者達に荷物を運んでもらうがいい」


チャールズの言葉に、両手に大きな旅行鞄を手にした男が頷く。


「せいぜい嫁ぎ先に愛想をつかされないように尽くすことだな。行くぞ、アネッサ」


「はい、旦那様」


アネッサと呼ばれた女性が返事をすると、チャールズはアンジェリカに背を向けて去って行き……人混みの中へ消えて行った。


アンジェリカは黙って、その背を見つめるも……悲しみが込み上げてくることは一切無かった。

するとその場に残った男が口を開いた。


「駅前にウォーレン家行の馬車を手配してある。ついてこい」


「まぁ! アンジェリカ様に対して何という口の利き方をするのですか!」


乱暴な男の口調にヘレナは文句を言う。


「俺の主人はチャールズ様だ。お前たちにぞんざいな口を利こうが、関係ない事だからな。それより早くしろ」


男は荷物を持ったまま、出口へ向かって歩き出す。


「な、何てイヤな男なのかしら…‥!」


ヘレナは心底悔しがるが、アンジェリカは言った。


「いいのよ、ヘレナ。私は気にしていないから。それよりウォーレン家に行くには、今はあの人しか頼れないのだから、早く後を追いましょう」


「確かにおっしゃる通りですね。分かりました。お荷物は全て私が持ちお持ちしますので急ぎましょう」


「ええ」


アンジェリカはぐっすり眠る赤子を胸に抱いて、ヘレナと共に男の後を追った――



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