おくるみにくるまれた小さな赤子を抱いた女性にチャールズは告げた。
「アネッサ、アンジェリカにエルマーを渡せ」
「はい、旦那様」
年齢不詳の女性は小さく頷くとアンジェリカに近付き、声をかけてきた。
「アンジェリカ様。両腕を出して下さい」
「え? こ、こうかしら?」
事前に人形で赤子を抱く練習をしていたアンジェリカ。
女性に言われるまま両腕を差し出すと、女性は慣れた手つきでアンジェリカに赤子を手渡す。
「まだ首が座っておりませんので、左腕で赤ちゃんの頭を支えるように抱いてあげてくださいね」
「わ、分かったわ」
自分の胸に近付け、赤子を抱くアンジェリカの顔に笑みが浮かぶ。
「まぁ……」
(こんなに小さくて軽いなんて……すごく可愛いわ。それにミルクの香りがする……)
アンジェリカは眠っている赤子をじっと見つめる。
今女性から赤子を手渡されたばかりだが、アンジェリカに強烈な母性が湧き上がってくる。既に愛しくてたまらない存在になっていた。
するとチャールズが口を開いた。
「……どうやら、良いようだな」
「え?」
その声に驚き、アンジェリカは顔を上げる。今の今まで、チャールズが傍にいることを忘れてしまっていたのだ。
「その子供の名前は『エルマー』だ」
「エルマー……? 男の子ですか?」
アンジェリカはローズマリーが産んだ子供の性別を知らなかった。
「そう、エルマー。今からその子供はお前の子供だ」
「私の……子供……」
じっと腕の中の赤子を見つめる。
「今からお前と、その子供は完全にブライトン家から縁が切れる。二度とブライトン家に戻ることは許さない。分かったな?」
「は、はい……分かり……ました」
何処までも冷たい台詞を吐くチャールズ。アンジェリカは胸の痛みに耐えながら返事をした。
「……ッ」
ヘレナは悔しさのあまり、俯いて震えているも……何も言い返せずにいた。下手に自分が今ここで口を出せば、アンジェリカはただでは済まないと察したからだ。
「当面、エルマーに必要な荷物は全て用意してある。この者達に荷物を運んでもらうがいい」
チャールズの言葉に、両手に大きな旅行鞄を手にした男が頷く。
「せいぜい嫁ぎ先に愛想をつかされないように尽くすことだな。行くぞ、アネッサ」
「はい、旦那様」
アネッサと呼ばれた女性が返事をすると、チャールズはアンジェリカに背を向けて去って行き……人混みの中へ消えて行った。
アンジェリカは黙って、その背を見つめるも……悲しみが込み上げてくることは一切無かった。
するとその場に残った男が口を開いた。
「駅前にウォーレン家行の馬車を手配してある。ついてこい」
「まぁ! アンジェリカ様に対して何という口の利き方をするのですか!」
乱暴な男の口調にヘレナは文句を言う。
「俺の主人はチャールズ様だ。お前たちにぞんざいな口を利こうが、関係ない事だからな。それより早くしろ」
男は荷物を持ったまま、出口へ向かって歩き出す。
「な、何てイヤな男なのかしら…‥!」
ヘレナは心底悔しがるが、アンジェリカは言った。
「いいのよ、ヘレナ。私は気にしていないから。それよりウォーレン家に行くには、今はあの人しか頼れないのだから、早く後を追いましょう」
「確かにおっしゃる通りですね。分かりました。お荷物は全て私が持ちお持ちしますので急ぎましょう」
「ええ」
アンジェリカはぐっすり眠る赤子を胸に抱いて、ヘレナと共に男の後を追った――