辻馬車乗り場に到着すると1台だけ辻馬車が止まっており、御者台に年老いた男が座っていた。
「おい、御者。この2人を馬車に乗せてやれ。ついでに荷物もな」
「は、はい。分かりました」
いきなりぞんざいな口調で声をかけられた御者は驚きながらも返事をすると、御者台から降りてきた。
男は荷物を下ろすと、そのまま無言で立ち去ろうとしたのでアンジェリカは慌てて声をかけた。
「あ、あの!」
「何だ? 俺の仕事は終わったんだ。まだ何か用でもあるのか?」
「いえ、そうではありません。荷物を運んでいただき、ありがとうございました」
アンジェリカは丁寧にお辞儀する。
「……別に、頼まれた仕事をしただけだからな」
男はそれだけ言うと、歩き去って行った。
「アンジェリカ様、あんな失礼な男に礼を言う必要などありませんよ」
ヘレナは遠ざかっていく男の背中を睨みつけている。
「だけど、こんなに沢山荷物を運んでくれたのだからお礼位言わないと」
その言葉にヘレナは肩をすくめた。
「本当にアンジェリカ様はお優しい方ですね」
「そんなことないわ……」
(だって、私はただ人に嫌われたくはないだけだもの)
2人が会話をしていると、初老の御者が声をかけてきた。
「あの……お客様。お荷物を運んでもよろしいでしょうか?」
「あ、はい。お願いします」
ヘレナが頷き、御者は扉を開けて全ての荷物を積み込むと座席は一杯に埋まってしまった。
「お客様。お荷物をいれたところ、もうお座席が無くなってしまいました。本当に申し訳ございません」
御者は気の毒な程、ペコペコ頭を下げる。
「そんな……どうすれば……」
アンジェリカは腕の中の赤子……エルマーを見つめた。
今はまだ静かに眠っているが、いつ目を覚ましてぐずりだすか分からない。
「もう1台、辻馬車を借りるしかありませんね」
「あの……お客様。恐らくそれは難しいと思います。辻馬車乗り場は、この付近にはもうありません。それに全ての辻馬車は出払っています。その、お恥ずかしいですが……私、1人が客を取れずにここで待機していたくらいですから」
御者が申し訳なさげに言う。
「え!? それではいつ戻って来るが分からない辻馬車をここで待つしかないと言うわけですか!?」
ヘレナが顔色を変える。
(私は……ウォーレン家に行くことも出来ないの……?)
アンジェリカはショックで言葉を失っている。その様子を見かねた御者が、躊躇いがちに口を開いた。
「あの……差し出がましいかもしれませんが……それでしたら辻馬車ではなく、荷馬車にされますか? 実は個人的に荷馬車の仕事もしているんです」
「まぁ! 荷馬車ですか!? いくら何でも、それだけはお断りいたします。この方は伯爵令嬢なのですよ? おまけに赤子を抱いているのにですか!?」
ヘレナが眉を顰める。
「そ、そうですよね? 差し出がましいことを申し上げてしまい、申し訳ございません」
御者が頭を下げた時。
「では、荷馬車をお願い出来ますか?」
アンジェリカは御者に声をかけた――