「アンジェリカ様! 何をおっしゃるのですか? そのような幼子を抱いて、荷馬車に乗るおつもりですか?」
「ええ。だって荷物だけ先にウォーレン家に運んでもらうわけにも、私達だけ先に行って荷物を後から送るわけにもいかないわ。馬車を確保する為にホテルに泊まるわけにもいかないし」
ホテルに泊まれるほどの旅費など、アンジェリカには無かった。
恐らく普通の平民達よりも、今のアンジェリカは貧しいと言えるだろう。
「ですが、荷馬車には乗り心地が悪いですし、赤子に負担がかかるはずです。危ないと思います」
「私がずっと腕に抱いていれば大丈夫だと思うの。今は一刻も早くウォーレン伯爵家に行かなければならないわ。ご迷惑をかけたくはないから」
自分がウォーレン様に歓迎されない存在であることは分かり切っていた。だからこそ、尚更遅刻などするわけにはいかない。それ以上に気がかりだったのが自分の腕の中で眠っているエルマーの存在だった。
(こんな小さな子をいつまでも外に出しておくわけにはいかないもの……)
アンジェリカはエルマーを見つめる。
「アンジェリカ様……本当に大人になられましたね。自分の行動が恥ずかしくなってきました。申し訳ございません」
落ち込むヘレナにアンジェリカは声をかけた。
「いいのよ、ヘレナ。私の為を思って言ってくれたのでしょう? その気持ち、嬉しいわ」
「アンジェリカ様……」
「それでは御者さん。荷馬車をお願いします」
「はい、すぐに用意してまいります。このままここでお待ちくださいませ」
アンジェリカに頼まれた御者は急ぎ足で荷馬車を取りに行った――
****
――30分後
荷物を全て積み込んだ荷馬車にアンジェリカたちは揺られている。
緑道にさしかかり、荷馬車の揺れは激しくなっていた。
ガタガタ揺れる荷馬車の上でヘレナは顔をしかめる。
「それにしても、荷馬車というのは本当に揺れて乗りにくいものですね。大丈夫ですか? アンジェリカ様」
「ええ、私は大丈夫だけど……赤ちゃんが心配だわ」
ずっとエルマーを抱いていた為、アンジェリカの腕はかなり疲れていた。一度ヘレナに抱くのを代わって貰っている。しかし、50歳を超えるヘレナとって赤子を抱き続けるのはかなりきついものだった。
そこで、再びアンジェリカが抱くことにしたのだ。
そのとき。
――ガタンッ!
荷馬車が大きく揺れた。
「キャッ!」
何とかバランスを取り、倒れるのを免れることは出来たのだが……。
「フウェエエエエン……」
エルマーが弱々しく泣き出した。
「大変! エルマーの目が覚めてしまったわ!」
「まぁ、大変だわ! ウォーレン家はあとどれくらいで到着するのかしら!?」
ヘレナは大きな声で御者に呼び掛けた。
「申し訳ございません……ウォーレン家は、この林道を抜けた先にあるので恐らく後30分はかかってしまいます」
御者の返事にアンジェリカは途方に暮れてしまった。
「そんな……。後30分も……!」
「ホギャアアアッ! ホギャアアッ!」
腕の中で弱々し気に泣くエルマー。
「この泣き方……もしかしてお腹もすいているかもしれません。それかオムツが汚れているのかも……」
「え!? そんな……ど、どうすればいいの……?」
子供を産み育て事が無いアンジェリカは、馬車の上でエルマーに泣かれて、途方に暮れてしまった。
「とにかく、このままではどうしようもありません。一旦馬車を止めてちょうだい!」
「はい!」
ヘレナの言葉に御者は馬車を止めた――