「ライアス様……」
ライアスが自分の為に怒っていることが嬉しかった。
(この方は私の味方をしてくれているのだわ。ブライトン家では、ずっと冷遇されてきたのに。もしかしてウォーレン家の人達なら、私とエルマーを受け入れてくれるかもしれない。でも、先程のライアス様の口ぶり……何だかまるで父に会ったことがあるみたい)
そこでライアスに尋ねてみることにした。
「あの、もしかしてライアス様は父のことを御存知なのですか?」
「あぁ。ブライトン伯爵のことは少し知っている。仮にもアンジェリカの父である伯爵を悪く言いたくはないのだが……本当のことを言おう。ブライトン伯爵は平民を徹底的に見下し、彼らに平気で暴力をふるう。さらに自分より格下の貴族に対しては横柄な態度を取り、暴言を吐くことなどで有名なのだ。はっきり言って、彼の評判は非常に悪い」
きっぱりと言い切るライアス。
「そうだったのですか……父は外でもそのようなことをしていたのですね。少しも知りませんでした」
(お父様は私には辛く当たっていたわ。でもローズマリーやお義母様には優しく接していたから、私にだけそんな態度をとっているかと思っていたのに)
するとヘレナが悔しそうに言った。
「アンジェリカ様が、旦那様の評判が悪いことを知らないのは無理もありません。何しろ旦那様はアンジェリカ様にデビュタントをさせてくださりませんでした。その為貴族社会にお披露目する機会を得られなかったのですから。ローズマリー様には盛大なデビュタントをさせたというのに」
アンジェリカもヘレナがデビュタントを行ったことは知っている。離れにもその噂話が届いたからである。パートナーとして参加したのは父で、2人はお揃いの柄の衣装を身に着けていたと言う。
「いいのよ。もう終わった事だから」
「ですが、アンジェリカ様。私は悔しくて……口にせずにはいられないのです。私の大切なアンジェリカ様を、散々苦しめてきた旦那様を許せません!」
悔しそうにドレスを握りしめるヘレナ。
「ヘレナ……」
ヘレナが自分のことを思って言ってくれているのは、分かっていた。けれども、あまりライアスの前では言って欲しくはなかったのだ。侍女という身分に在りながら、平気で主のことを悪く言う使用人は不要だと思われたくはなかったからだ。
(もしライアス様がヘレナのことを気に入らず、出ていくように命じられたら大変だわ)
アンジェリカにとって、ヘレナは母親のような存在。絶対にニアの時の様に引き離されたくは無かった。
――その時
「くっ……」
突然正面に座っていたライアスが俯き、口元を押さえて肩を震わせた。
「ライアス様?」
「どうされたのですか?」
アンジェリカとセレナが尋ねると、途端にライアスは笑い出した。
「ハハハハ……。本当にヘレナはアンジェリカのことが大切のようだな。まるで母親が我が子に接しているかの様だ。君のことも歓迎するよ、ヘレナ。これからもアンジェリカの専属侍女として、彼女のことをよろしく頼む」
「もちろんでございます、ウォーレン様。これからどうぞよろしくお願いいたします」
笑顔で挨拶しあう2人を見て、アンジェリカは胸を撫でおろした。
(良かった……ライアス様が心の広い方で。私に関わったせいで、あらぬ噂を流された挙句に私と赤ちゃんを押し付けられてしまったのに。ライアス様には感謝の気持ちしかないわ)
そこでアンジェリカは今の素直な気持ちをライアスに告げることにした。
「ライアス様」
「何だ? アンジェリカ」
ライアスがこちらに視線を向けた。
「私からもお礼を言わせて下さい。この度は私とヘレナ、それにエルマーを受け入れて下さり、感謝申し上げます。このことは生涯忘れません。今後はライアス様に誠心誠意、お仕えさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」
「別にそんなにかしこまった挨拶はしなくて大丈夫だ。こちらこそよろしく。君たちを歓迎するよ」
「あ、ありがとうございます」
優しい笑顔を向けられ、ドキリとしながらアンジェリカは礼を述べた。
「ん? そろそろ到着するようだな。あの城がウォーレン家の城だ」
ライアスの言葉に、アンジェリカとヘレナが窓に視線を移す。
すると真っすぐ伸びた緑道の先に、フェンスに囲まれた巨大な屋敷が見えてきた。
(あのお屋敷が、ウォーレン家のお屋敷……今日から私たちはあの屋敷で暮らすのね
どういう待遇で迎え入れられるのかは分からないが、アンジェリカは緊張する面持ちで屋敷を見つめるのだった――