アンジェリカはヘレナの指導を受けながらエルマーのオムツ交換を行った。
メイド長からは、子育て経験のあるメイド達に世話をさせましょうかと提案されたものの、アンジェリカはそれを丁重に断った。
それはエルマーを託されたのは自分であり、この屋敷には居候させてもらう身分だと思っていたからだ。
そして今、アンジェリカの腕の中でエルマーは哺乳瓶でミルクを飲んでいた。
小さな身体で必死にミルクを飲む姿は、とても可愛らしくもあり……同時に切ない気持ちになってくる。
(エルマーはローズマリーとセラヴィの間に生まれてきた子供なのに、必要無いと言われて捨てられてしまったのね……。親に捨てられるなんて、私と同じだわ……)
そう思うと、余計にエルマーに対する愛しさが込み上げてくる。
2人に代わって、自分が愛情を込めてエルマーを育てようと。
「本当に可愛らしいですね。アンジェリカ様が赤ちゃんだった頃を思い出します」
エルマーがミルクを飲む様子を見詰めるヘレナ。
「そ、そう? そんな風に言われると何だか恥ずかしいわ。でも……私の産んだ子供では無いけれど、エルマーが愛しくてたまらない。大切に育ててあげようと思うの」
「そうですね。アンジェリカ様はとても優しい方ですから、きっと良いお母さんになれると私も思いますよ」
「ありがとう、ヘレナ……。あら? エルマー? もう飲まないの?」
いつの間にかエルマーは哺乳瓶を咥えたまま目を閉じている。
「どうやら眠ってしまったようですね。飲み疲れて眠ってしまったのかもしれません」
「そんな……だってまだ半分も飲み終わっていないのに……」
哺乳瓶の中にはまだ、かなりの量のミルクが残っている。
「まだ生まれて半月ですからね。そんなに多くは飲めないのでしょう」
「そうだったのね。勿体ないことをしてしまったわ」
アンジェリカはため息をついた。
粉ミルクは値段も高く、貴重な物であることは知っていた。渡された粉ミルクの缶は5缶のみだった。
「次回は今飲んだミルクと同じくらいの量を作れば良いと思いますよ?」
「そうよね。貴重な物だから、無駄にならないように作ってあげないと。でもいずれは無くなってしまうわ。ライアス様にお願いはできないし……」
アンジェリカの言葉にヘレナは耳を疑った。
「だって私は表向きライアス様の妻になる為にウォーレン家へ来たけれども、実際はそうではないわ。ライアス様はセラヴィが広めた噂のせいで私を受け入れるしか無かったのよ。他に思う方がいたかもしれないのに……本当に申し訳ないことをしてしまったわ。なので少しでも役に立てるように、メイドとして働かせてもらうわ。せめてエルマーのミルクを変えるだけのお給料だけでもいただけるかしら」
ヘレナはもうこれ以上は黙って話を聞くことが出来なかった。
何故なら、ライアスはアンジェリカに好意を抱いているようにしか見えなかったからだ。
「アンジェリカ様、先ほどから何を仰っているのですか? ライアス様は……」
ヘレナが口にしかけたその時。
「アンジェリカ、少しいいか?」
扉が開かれ、ライアスが姿を現した――