「はい、大丈夫です。丁度今、エルマーのお世話が全て終わったところですから」
エルマーを抱きながらアンジェリカは返事をする。
「そうか、それは良かった」
アンジェリカを見つめて笑みを浮かべるライアス。そこでヘレナは気を利かせることにした。
「それでは、私は一旦席を外させていただきます」
ヘレナは会釈すると、ライアスが声をかけた。
「ヘレナ。部屋の外でメイド長が待っている。彼女に今後の話を聞いてくれ」
「はい、分かりました。それでは失礼いたします」
――パタン
ヘレナが出ていくと、早速アンジェリカは礼を述べた。
「ライアス様、この度は私とヘレナ。そしてエルマーを受け入れて下さって、本当にありがとうございます」
「そうか……その赤子はエルマーというのか。可愛らしい子だ」
ライアスはアンジェリカのすぐ傍までやってくると、エルマーを覗き込む。
「は、はい。そうです」
初対面でありながら、身体が触れ合うくらい近付かれて戸惑うアンジェリカ。
「良く眠っているな……もうそこのベッドに寝かせて大丈夫なのでは無いか? いくら生まれて間もない小さな赤子とはいえ、ずっと抱いてたのだから疲れただろう?」
「はい。ではお言葉に甘えさせていただきます」
ベッドの上には、いつでも赤子を寝かせることが出来るように、おくるみが広げて置かれていた。
エルマーを起こさないように静かに寝かせると、おくるみで優しく身体を包み込む。
(き、緊張するわ……)
おくるみで包み込む様子をじっと見つめるライアスに、緊張しながらも何とかエルマーをくるむことが出来た。
「上手だな。初めてとは思えない。もしかして練習でもしていたのか?」
ライアスは顔を上げて尋ねてきた。
「はい、私がエルマーを育てることが決まってからはずっと練習を続けていました。他にもミルクの飲ませ方やオムツ交換等もです。でもぬいぐるみで練習しただけなので、やはり本物の赤ちゃんでは勝手が違うので難しいですね」
饒舌に語るアンジェリカ。
「成程、アンジェリカは随分努力したのだな」
優しい声で話しかけられ、アンジェリカは我に返った。
「あ、も、申し訳ございません! 私ったら調子に乗ってつい話し過ぎてしまいました」
(ライアス様が優しい方だとは言え、これからお仕えする方に、図々しく話してしまったわ)
「別に謝ることは何もないだろう? 何も悪いことなどしていないのだから。それにアンジェリカの話す声は聞いていて心地よいからな」
心地よい……そう言われて、アンジェリカの顔が赤くなる。
「どうした? 顔が赤いぞ?」
「い、いえ。大丈夫です」
「ところで、何か不便なこととかは無いか? これから一緒に暮らすのだから、遠慮なく何でも言ってくれ」
何でもと言われ、アンジェリカはエルマーの話をしてみようと思った。
「それでは……一つお願いしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「うん、どんな願いだ?」
「実は、お父様から預かったエルマーの粉ミルクが5缶しかありません。粉ミルクが貴重なのは分かっておりますが……どうか援助をしていただけないでしょうか?」
するとライアスの顔に怪訝な表情が浮かぶ。
「何故、援助などという言葉を使うんだ? エルマーはアンジェリカの子供も同然。子供を育てるのに、援助も何も無いだろう? それに一つ提案があるのだが、エルマーに乳母をつけるのはどうだろうか?」
「乳母ですか……?」
それは予想もしていなかった話だった――