(二度と離さないってどういうこと? 私とライアス様はまだ出会って3回目。ほとんど交流も無かったのに……。もしかして私を誰かと勘違いしている? それとも他の女性と重ね合わせて……)
ライアスの言葉で、先程迄上向きだった気持ちが一気に冷めていくのを感じた。
抱きしめようとしていた手は下ろされ、身体を固くしているとライアスは何かに気付いたのだろう。アンジェリカを抱きしめたまま尋ねてきた。
「アンジェリカ? どうかしたのか?」
「い、いえ。何でもありません」
するとライアスはアンジェリカから身体を離し、じっと見つめてくる。
「何でもないはずは無いだろう? 俺達は夫婦になるんだ。言いたいことがあるなら、遠慮せずに言ってくれないか?」
「いえ、本当に何もありませんから。た、ただ……少し疲れてしまっただけです」
気まずくなって視線をそらせた。
「あ……気付かなくて悪かった。そうだな、アンジェリカはずっとエルマーを抱いてここまで来たのだから疲れるのも当然だ。この部屋の隣にアンジェリカ用の部屋を用意したのだが、そこで休むか?」
けれどアンジェリカは首を振る。
「いえ、大丈夫です。このお部屋で休ませて下さい」
「この部屋で休むと言うのか? ここはエルマーの部屋だが?」
「はい、このお部屋が良いです。まだエルマーは生まれて間もない赤ちゃんです。常に目を配っていなければならない状況なのに、別室で休めません」
「だから、先程エルマーの乳母の話をしただろう? 現在乳飲み子を抱えているメイドがこの屋敷には何人もいる。そのメイド達にエルマーを任せればいいじゃないか」
「確かにライアス様のおっしゃるとおり、乳母は必要だと思うのです。その……私にはエルマーに粉ミルクしか飲ませることは……で、出来ませんから」
ライアスに授乳の話を直接切り出すことが出来ず、アンジェリカの頬が赤らむ。
「だったら……やはり子育ては乳母に任せればいいのではないか?」
「ですが、ライアス様。私は父からエルマーを育てるようにと託されました。それにあの子は異母妹が産んだ子供で、私と血の繋がりがあるのです。私にはあの子を育てる義務があるのです。そこでお願いしたいことがあります。虫の良い話と言われてしまうかもしれませんが、乳母には時々手伝っていただくだけで良いのです。エルマーのお世話は私に任せていただけませんか? 私はエルマーの母親になりたいのです」
実の両親から捨てられてしまった可哀そうなエルマーの姿は、自分と同じ……だからどうしても自分の手で育てたいと、思っていたのだ。
真剣な目で見つめてくるアンジェリカに、ライアスは根負けした。
「……分かった。そこまで言うなら、エルマーの世話はアンジェリカがするといい。必要な部分だけ、乳母に頼むことしよう」
「お気遣いありがとうございます」
アンジェリカは丁寧に頭を下げると、ライアスは笑みを浮かべた。
「別にお礼を言う必要はない。アンジェリカは俺の妻になるのだからな。妻の望みをかなえるのが夫の役目だ」
アンジェリカの脳裏に先程ライアスが言った言葉が蘇る。
『もう二度と離さない』
「私が……ライアス様の妻……ですか?」
「ああ、そうだ」
ライアスの腕が伸びてきて、再びアンジェリカは抱きしめられた。
(ライアス様……その言葉、本心なのですか……?)
アンジェリカは心の中で問いかけるのだった――