「あの……ラ、ライアス様。そろそろ離していただけませんか……?」
まだほとんど面識のない男性に抱きしめられることが気恥ずかしくなり、恐る恐るアンジェリカは声をかけた。
「あ……! こ、これはすまなかった。アンジェリカがこの城に来てくれたことが嬉しくてつい……。それではすぐに休めるように今すぐ使用人達に命じてこの部屋にベッドを運ばせることにしよう」
「え!? 今すぐでは無くても大丈夫です。音を立てたりすれば、せっかく眠ったエルマーが起きてしまうかもしれないですから。私はそこのソファをお借りできれば十分です」
エルマーの部屋に置かれたカウチソファをアンジェリカは指さした。
「あのソファなら横になって眠ることも出来ますから」
「ソファに横になるだって? そんなこと、アンジェリカにさせるわけにはいかない。休むならベッドで休むべきだ。あのような物で身体を休めることなど出来るはずないだろう?」
「ライアス様……」
離れに追いやられてからというもの、アンジェリカの生活はとても惨めなものだった。
ローズマリーに奪われたのは部屋だけではなく、重すぎて持ち運べないようなベッドなどの家財道具も含まれていた。そこで粗末なベッドで眠らざるをえなくなってしまったのだ。
(ライアス様は私が離れでどのような暮らしをしていたのかは御存知無いのね。あのカウチソファは私が今迄使っていたベッドよりもずっと寝心地が良さそうなのに)
けれどライアスにその事を告げれば、増々頑なにカウチソファで休むことを許さないかもしれない。
だとしたら……。
「そこまでおっしゃるのであれば、エルマーを連れて部屋を移動します。この部屋のお隣が私の部屋になるのですよね?」
「だが、今日ぐらいはエルマーのことは乳母に任せたらどうだ? 今後のことで色々話をしたいこともあるし。赤子が一緒では、落ち着いて話も出来ないだろう? それにエルマーを世話する乳母を選別する為にもな」
ライアスの言葉も、もっともだった。
(確かに私がエルマーと添い寝をしてしまえば、乳母になってくれるメイドの人達に引き合わせてあげることが出来ないものね)
「申し訳ございません。それではよろしくお願いいたします」
「それ位のことで礼を言う必要はない。では部屋に案内しよう」
「はい」
2人で部屋の外に出ると、先程のメイド長が廊下で待機していた。
「赤子が中で眠っている。その子の世話を頼む」
「はい、承知いたしました」
深々と頭を下げるメイド長。
「エルマーのこと、よろしくお願いします」
アンジェリカも声をかけると、メイド長に怪訝な表情が浮かぶ。
「アンジェリカ様、私たち使用人にそのような言葉遣いは為さらずに、命じて下さい」
「え? でも……」
ずっと虐げられてきたアンジェリカは使用人達にも気を使っていた。いきなり命令口調で話すなど、無理なことだった。
「お仕えする方に、そのような話し方をされてしまうと使用人達が戸惑ってしまいます」
「メイド長の言う通りだ。他の使用人達にも示しがつかなくなるからな。今迄はどうだったかは分からないが、これからは俺の妻となる。だから堂々とした態度を取るんだ」
(そうだわ。私はライアス様の妻になるのだから、恥をかかせてはいけないわ)
「はい、分かりました」
アンジェリカは頷くと、再びメイド長に言った。
「そ、それでは、よろしくね」
「はい。お任せ下さい、アンジェリカ様」
笑顔で返事をするメイド長を見てアンジェリカは思った。
やはり、ヘレナとは勝手が違う――と