各50食分用意した福袋は既に完売していて、無くなり次第終了ではあるが芽依の庭はそれだけの物を売ってもビクともしない収穫量を誇っている。
だから、追加で用意されていたいつも通りの販売に切り替え残り時間50分弱。
いつもと様子の違う芽依達の売り場は、足繁く通う客達の物珍しい眼差しが注がれていた。
「………………離れて下さいませんか」
「…………君こそ」
『何してんだ』
「分からないんだよ」
腰に腕を回してギュッと抱き着くニアと、脇腹の垂れ下がるリボンを握りしめるハストゥーレ。
両手の空いている芽依はそのまま売り子として野菜や肉を売りさばいているが、移民の民にしがみつく2人の人外者、内1人は奴隷というあまり見ない様子にジロジロと見られている。
「えーっと、どうしました?2人とも」
1人は小さな天使、もう1人は大きな天使。
そんな2人が同時に芽依を見た。
「……この子が離れないから僕も離れない」
「なぜ私のご主人様に抱きついているのですか」
「あ、なにこれ天国?」
大きなたれ目の黄色い瞳はキュルリと輝き芽依を見上げ、切れ長の瞳が美しい森の妖精はほわりとした雰囲気を纏いながら芽依を見下ろす。
ぶどうをニアに渡してから何故か2人の静かなバトルが始まった。
似ていない筈なのに、何故か同種の可愛さを感じる2人に何か思うところがあったのだろうか。
2人は同時に芽依にくっつきバチバチと火花を散らしている。
しかし、そんな姿すら芽依には可愛らしく楽園はここにあったんだ……と呟いている。
「おーいメイー!おめでとー!今年もどうぞご贔屓に…………あ?どうしたんだ、これ?」
「おめでとうカイト君、君は天国を知っているかな?」
白い箱を持って現れたのは常連客であり呉服屋を営なむ男性である。
去年はハストゥーレの服を買い揃えるのにだいぶお世話になった人物で、今後もお世話になるだろう。
なによりハストゥーレ用のメイド服を用意しないといけない。
「……なんだ、新年からメイが幸せそうで良かったよ……あぁ!福袋とやら売り切れてんじゃん!」
「完売御礼、ありがとうございまーす」
「くっそー、話聞いたから欲しかったのに!」
「またのご来店お待ちしております」
「買わせろよ……あぁ、これ賄賂」
「まさかの堂々と賄賂発言……ありがとう」
渡されたのは白い箱で、それを見たニアが何故かソワソワし始めた。
ん?とニアを見下ろすと、目元を染めたニアが芽依を見上げた。
殺傷能力の高い可愛さである。
「………………それ、1日限定20個のシュークリームが売ってる洋菓子店」
「そうそう!そのシュークリーム買えたから土産……なんだけど、3人だと思ったから3つなんだよな……」
「えっ!ありがとう!十分だよ!ハス君、ごめんだけど半分こしよう?」
悪い、と片手を上げるカイトに首を横に振る芽依。
そしてハストゥーレを見上げると、絶望的な顔をしていた。
「……え?どうした!?」
「いけません!ご主人様の物を取るなど!」
「いや、でも足りないし……ならメディさん半分こする?」
『あ?いいぞ』
「いけません!」
「えー?」
ハストゥーレが青ざめリボンをキュッと握ったまま、ニアを見る。
「……私の分をどうぞ、お好きなようですし」
「僕部外者だから……」
「いえ、それではご主人様が半分にしてしまいます」
「……いや、皆で食べなよ」
2人でもじもじとシュークリームの押し付け合いをしていて、それがさらに可愛さを上げている。
「…………うちの天使たち可愛い」
『1人はうちのじゃねーぞ』
結局、2人で半分こにする事で落ち着いたらしく、芽依は元々設置されているパイプ椅子を二脚だしそこに座らせた。
ハストゥーレが上手に半分にして仲良く並んで食べる姿にたまらん!と顔を覆う芽依をメディトークは新年から絶好調だな、と眺めていた。
「…………んまぁ」
カスタードと生クリームの2色のクリームを使ったシンプルなシュークリームだが、そのバランスが素晴らしく美味しい。
振り返ると、目をキラッキラにした2人がシュークリームを上品に食べている。
目は口ほどに物を言うとは、この事なのだろう、2人とも無表情気味なのに美味しくて堪らないと言っているのがわかる。
「…………カイト君、ありがとうね」
「いつも世話になってるからな…………これとこれと、あとこれ……こっちも」
『今袋入れる。お前も座って食え』
「うん、ありがとう」
『………………椅子に座れよ』
「メディさんでいいのです」
メディトークの足に座り残りを食べる芽依。
お陰で動けなくなったメディトークは足を伸ばして端の野菜を摂ることになる。
「………………おお。長い」
『降りろ』
こんな幸せな初売りを充実していた所にアリステア達に連れてこられたパーシヴァルが現れた。
時間もいい頃合いだと片付けがほぼ終わっていたので、ぷりぷりの野菜が見られること無く安心したが、パーシヴァルの周りを見る眼差しはキラキラしていた。
「……本当に凄いな、こんな野菜久々に見たぞ」
周りの小さな野菜ですらパーシヴァルには羨ましい大きさと鮮度のようだ。
「なんだ!メイも居たのか!どれ、野菜を見せてみろ」
「いえ、終了時間なので」
「なんだそうなのか…………ん?白の奴隷!?まさかこんな所に!お前のか!?言い値で買うぞ!」
ハストゥーレに気付いたパーシヴァルは、まさかのメディトークを見て言ったが、芽依の機嫌はズドンと下がった。
「…………殿下、彼はメイの奴隷で気に入りの子だから無理だ」
「なに、お前の?移民の民にはいらんだろう。俺が貰ってやろう」
「一昨日来やがれ」
にっこり笑って言った芽依に思わず吹き出すシャルドネと冷たい視線を向けるセルジオがパーシヴァルを引きづるように次へと向かっていった。
「……なんだったの?」
『年始のカテリーデンの様子を見に来たんだろ、アリステアは毎年来るからな』
「なるほど、アリステア様は年始から忙しいね」
『今年は特にな』