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第121話 東屋で触れた冷たい指先


 震える体は芽依よりも大きい筈なのに小さな子供のようにも見える不思議な感覚で、縋り付くフェンネルの背中を優しく撫でた。

 長い髪を寄せて、現れた首筋に触れると震えていて体は冷えている。


「………………どうしたの?」


「前に……もうずっと前に大事な友人が死んじゃったんだ。あの村は……ね、色々あった村だから、そこに居たなんて……今考えると怖くて仕方ないよ」


 尋常でない怯えを見せるフェンネルを芽依はギュッと抱きしめると、すぐ横にあるサラサラの髪に頭を擦り付けた。

 あの村で起きたのは移民狩りだ。

 という事は、フェンネルの友人は移民の民を伴侶に持つ人外者か、それに近しい人。

 もしくは巻き込まれた周りにいた人達の中に友人がいたのか。

 少なくとも、何らかの問題に関わって居たのかもしれない。


「…………フェンネルさんもあの移民狩りっていうのの被害者だったんだね」


「………………………………」


 ギュッと目を瞑ったフェンネルのサラサラの髪を丁寧に撫で付ける芽依にしがみつきながらも小さな口を開いた。


「……………………」


「え?……なんて言ったの?」


「…………なんでもない」


 シンシンと降り出した雪がまた道路の雪傘を増やし、芽依達が居る東屋からめ雪が積もって足跡を消していく様子が見える。

 それでもきっと、おじいちゃんおばあちゃんは元気に杵をつき餅を捏ねているのだろう。

 冷えきった体のフェンネルに暖かなお雑煮を食べさせたいな……と震えが止まらないフェンネルの体を抱きしめながら考えた。


 今思えば人当たりが良く、優しい為に分かりにくいがフェンネルは、あまり人間が好きでは無いのかもしれない。

 いや、移民の民が、かもしれない。


 初めてカテリーデンで隣のブースになった時の観察するような眼差し、なにより移民の民の考え等を話した時の分かりやすい拒絶感。

 それは決して好意的では無かった。


 だが、その溢れるくらいの拒絶も次の瞬間には綺麗に覆い笑顔で隠したフェンネルは今も芽依の隣にいる。


 貴族に襲われた時もわざわざ助けてくれたし、時間がある時は庭に遊びにも来る。

 今回が初めてだが、外出に誘ってもくれた。

 フェンネルがどんな気持ちで芽依と接しているのか本当の所はわからないのだが、否定的な感情だけでは無いと思いたい。


 フェンネルだって人外者の妖精だ。根本的に芽依とは違う存在であって色んな側面のある人物である。

 それでもと、この世界で知り合い気を遣いつつも良い友人となりえたこの美しい妖精が悲しい涙を流さずに笑っていて欲しいと願ってしまうのだ。



「……………………ごめんね」


「落ち着いた?気にしなくていいよ」


「…………なんだろうね?この安心感」 


 ふふ……と笑うフェンネルに芽依も笑って首を傾げた。

 少し情緒不安定なフェンネル。

 朝から何時もよりフワフワした感じだったのもそのせいだろうか、だって、こんなにもフェンネルが泣くだなんて思ってもみなかった。


「ごめんね、情ない姿を見せて」


「何が情けないの?大事な人が死んじゃったら情なくもなるよ」


「…………メイちゃんは」


「ん?」


「…………メイちゃんはいい子だね……結婚する?」


「あれ、脈絡無くプロポーズされたわ」


 あはっと笑った芽依は、泣いて擦り付き崩れたフェンネルの髪を手櫛で整え珍しく緩い三つ編みに結び出す。

 結んでも1本に括るくらいだったのを綺麗な緩みがある三つ編みにして、自分の髪飾りとして使っていた髪ゴムの1本を取った。

 ただの飾りの為、髪が崩れることも無く派手さが無くなっただけの上品な髪型は維持している。


「………………よし」


「…………ありがとう」


 ベルベット生地と同じ物を使ったリボンで髪を結んだ為、お揃い感が出たがそれも仲が良さそうでいいでは無いか、と数回頷く。


「お餅も髪が心配にならないくていいね」


「…………食べに行かなきゃね」


「うん、だから元気だして」


 立ち上がり手を伸ばすと、眩しそうに目を細めたフェンネルが、芽依に真っ直ぐ手を伸ばした。






 ギュッギュッと踏みしめる度に雪が詰まる音がする。


 重さのあるしっかりとした雪は、見た目以上にズッシリしていた。

 先程まではサラサラと降っている感じがしたのに、外に出れば牡丹雪程の大きさで湿度を含んだ重い雪である。


 フェンネルは芽依と手を繋いだままゆっくりと隣を歩いていた。

 雪景色を楽しむように歩くフェンネルは静かに話し出す。


「仲の良かったその妖精はね、僕が生じた時に偶然同じく同じ場で生じた子だったんだ」


「しょうじた……?」


「生まれたって事」


「………………そっか、生じたね……幼なじみだったんだ」


「人間ではそう言うね」


 周りには誰もいない静かな道を2人で歩く。

 きっと昔は幼なじみとこうして歩いていたんだろう。


「ずっと一緒にいたの?」


「そうだね、うん……一緒にいたよ。一緒にいるのが当たり前になってて離れるなんて考えた事も無かったかな……だから、急に伴侶を連れてきたことにも驚いちゃった」


「伴侶……」


「好きな移民の民を見つけたって幸せそうに笑うから、もう僕も何も言えないよね」


 フェンネルが昔を思い出して困ったように笑うから、芽依はなんとも言えない複雑な感情を持つ。

 移民の民の連れてくるやり方を問題視したばかりだ。

 それでも、フェンネルが言うには仲良く話し、笑いあっていたらしい。


「新婚さんになるからねぇ、流石に僕も今まで通りは遠慮しちゃうでしょ?だから会いに行くけど、距離も取ってちょっと離れてみたり……そんなことを繰り返して居たんだけどね。気付いたらあの子は移民の民を隠してしまって僕も遠ざけ始めた」


「……………………うん」


「そうしているうちに、まあ、会いに行く間隔が伸びて……そうしたらね………………あの子の伴侶が居なくなってて、あの子は血塗れで倒れてた……まだほのかに暖かくて体が消える前だから、そんなに時間は経ってなかったんだろうね。今日みたいな雪が降り積る日、真っ白な雪の中に倒れていて、周りは真っ赤で………………」


 ピタリと足が止まりフェンネルは空を見た。

 上からはハラハラと降る雪が見え暗くドロリとしたような雲が遠くから押し寄せてきて青空を覆い隠そうとしている。

 その日を思い出しているのかもしれない。


 芽依はフェンネルの大きくしなやかな、そして冷たい手をギュッと握った。


「………………ん?」


「今は真っ白い雪しかないよ」


「……………………そうだね」


 昔を思い出しているのか、もしかしたらフェンネルにはありありと当時の様子が見えていたのかもしれない。

 ぼーっと空を見て、足元を見るフェンネルの視線を芽依に戻す為にあえて強く手を引っ張り歩き出した。


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