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第122話 降り積もる雪のように胸に冷たくのしかかる


 暫くしたらフェンネルはいつもと同じ穏やかな笑みを称えて、ごめんねと謝った。

 首を振って笑うしかない芽依は、引かれるまま餅つき会場に戻ることにする。


 元の世界の芽依達の寿命でさえ嫌な事や悲しい事は沢山あって、それを乗り越え生き続けなくてはいけなくて。

 それでも終わりはやってくるのだ。

 85年か90年か、はたまたそれ以上か。

 それは芽依にもわからないが、それ以上にこの世界の人間含め人外者たちの生の時間は果てしなく長い。

 フェンネルみたいにどうしようもない悲しみや後悔があったとしても、終わりは中々やってこなくて地獄のような長い時間を過ごす事はまだ芽依には想像が出来ない。

 その絶望に、救いはあるのだろうか。


 前を歩く綺麗な三つ編みの白い髪を見つめながら、芽依はそんな事を考えた。

 そして、この果てしない寿命の中にある死という遠い存在を改めてどう捉えるべきかと悩む。


 今いるアリステアやセルジオ達領主館の人達や、庭にいるメディトークやハストゥーレ。

 フェンネルやニアにしても、いつか居なくなる可能性があるのだ。

 それを想像して、芽依はゾクリと嫌な汗をかいた。


 芽依にとっては特殊でいて過ごしやすくなったこの世界の中で、誰かが欠けたら芽依は立っていられるのだろうか。

 分からない事が溢れ、運良く聞くことが出来る環境があり、守ってくれる人も助けてくれる人もいるこの暖かな世界を失って、また1から優しい世界を作ることをきっと芽依は良しとしないだろう。


 努力家次第で似た環境を作る事は出来ても、やはり一番大切な人がいない。

 芽依はきっと新しい場所と比べてしまう。

 皆がいないと落胆するだろう。


(…………そうか、それがきっと今のフェンネルさんなんだ)


 長い人生の中で沢山の人に出会い、親交を深め同じ時間を過ごす中で、ふと思い出し比べるのだろう。

 生まれてから当然のように隣にいた幼なじみが居ないことに、いたら今きっとこんな表情をしてこう話すのだろうと。


 それは、とても物悲しいものだ。

 思い出話で悲しさを感じるのだから。



「ついたよー」


 振り返ったフェンネルは笑っていて、その後ろで繰り広げられる暑苦しい餅つき大会(年配者のみ)の掛け声は未だに止まることは無い。


 もう何個目の餅をついているのだろう、金塊のようなつきたての餅が一つ一つ丁寧に透明の袋に入れられ長テーブル3つ分に高く積まれていてジェンガみたいになっている。

 柔らかい筈なのに、とこもへにゃりとしておらず積み上がっているのだが、今まさに食べている餅は柔らかく伸びがいい。


「何味にする?きな粉とか……あんこもあるし」


「えーっと……あれだ!」


 様々な味を用意していて、中には先程考えていたお雑煮もある。

 まだ指先の冷えているフェンネルを引っ張り連れていくと、おばあさんが何も言わずにずずいと渡してきた。

 フェンネルが預かり芽依を見る。


「はい」


「うん…………あったかいねぇ」


「………………えーっと……メイちゃん?」


 カップを両手で持つフェンネルの手の上から包み込むように重ねると、困惑し眉を下げて笑うフェンネル。


「手がね、指先が冷たくて気になっていたの。だからお雑煮があったら食べさせたかったんだよね」


「メイ……?」


「私ね、今日はとってもフェンネルさんを大事にしたい気分なんだよ」


 じんわりと温まってきた手を見ながら指先で撫でると目を見開き芽依をまじまじと見つめてくる。

 見つめてくるフェンネルを見上げて笑った芽依は手を離して椅子を指さして手から腕に持ち替え軽く引っ張った。


「向こうに座ろう」


 フェンネルの分だけを貰い椅子に座らせた芽依は食べるように促し、困惑気味なフェンネルがぎこちなく食べ出すのを見ていた。


 (あらやだ、青春ねぇぇぇ)


 そんな2人を年配者の皆さんはチラチラチラチラと見つめている。

 若い人が極端に少ないシャリダンでは2人がただ話しているだけでもほんわかと見守られ、手を繋いだら秘密の逢引を見てしまった乙女のようにキャッ!となっていた。


「温まった?」


「……………………うん」


 ぽわんと目元を染めて笑うフェンネルは今幸せそうに笑っていて芽依は伸び上がり頭をよしよしする。


「ん?なに?」


「良かった、元気になったね。心が冷たくなったら美味しい温かい物を食べてお腹から暖まるといいよ」


「…………うん、今は暖かいよ……メイはあったかいねぇ」


 空になったお雑煮のカップを膝に置いて、ぽて……と肩に頭を乗せてくるフェンネル。

 目を細めて笑っているフェンネルからお雑煮のカップを取り上げると、視線でフェンネルがその手を見ていた。


「もう少し、このままでいてもいいかな」


「いいよ、好きなだけ」


 いつも笑って側にいて、困ったことがあったら助けてくれるフェンネルなんだから、弱ってる時くらい芽依はいくらでも胸を貸す。

 いくらでも寄りかかって弱音を吐いても良いじゃないか。


 それでまた、フェンネルが前を見ていつものように笑っていればそれが一番良いんだから。





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