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第125話 掘り出し物のショートブレッド


 あまりにも収穫が有りすぎたシャリダンから帰宅した芽依は、お庭の手入れを箱庭任せにしていたため、明日から頑張ります!と勢いよくぶどう棚に頭を下げていた。

 何してんだ?とメディトークが呆れ、そんなご主人様も素敵ですと微笑むハストゥーレに倒れ込む忙しい芽依。


 そして芽依の本日の夜のお相手は入浴を終えてパジャマ姿のセルジオである。

 グレーの手触りの良い前ボタンのパシャマを着るセルジオは、扉に寄りかかり芽依を見下ろした。


「…………で、何しに来たこんな夜中に」


「呑みましょー」


 えへ、と笑って言った芽依に、セルジオは深いため息を吐き出した。


「これがその時に貰ったものでですね、それと……」


 芽依が出していくクッキーを見ながら、上に可愛らしいロングカーディガンを着たセルジオが酒の準備を始めた。

 甘いクッキーやビスケットが多いお菓子が今回の酒のつまみになる為、セルジオは辛みの効いた日本酒に近い酒よりも甘みの強いフルーティーな酒を出した。

 林檎や杏などの甘さが際立つ度数の強い酒は芽依にはジュース感覚で飲んでしまうから注意が必要だ。

 美味しく飲んでいたら、気が付いたら酔いが回る可能性が高い。


 美味しく飲める事の方が多いが、気を付けないと最近も酒で失敗をしたばかりである。


「………………メモリアールか」


「シャリダンで新しく支店がオープンしたらしいですよ」


「ああ、前に聞いた……楽しかったか?」


「…………はい、なんだか色々ありましたけど」


「色々?」


「フェンネルさんの過去を……少し聞いてしまいました。リンデリントに行った話をしたら異様に怯えてしまいまして…………以前大切な幼馴染を亡くしてしまったらしいので、それを重ねてしまったのかもしれないですね」


「………………そうか」


 コトリと、小皿に可愛らしく盛り付けられたクッキーをひとつ掴み眺めてから口に入れる。

 小さなものだから1口に食べたセルジオは、サクサクの食感を楽しんだ後、甘めの酒で流し込んだ。


「…………移民狩りが始まってから、ほぼ無差別と言っていい程の殺戮があったからな。そのどこかに当たったのか、それとも別の何かがあったか……笑いながら血を流す人外者も多い、メイ、相手をよく見て理解していけよ」


「………………はい」


 人間と人外者の感性は違うけど、心配してくれる所も困惑するところも、悲しくて胸が避けそうな慟哭を上げるのも同じなのだ。

 ただそれを、人外者は上手に隠すんだろう。


 芽依と一緒になって笑い、プリンを挟んであつい奪い合いもしたフェンネルが、あんなに感情の抜け落ちた表情をして冷たい手になるのだから。


「………………そうだ。事件です」


「事件……?なんだどうした?」


 甘すぎる酒を変えようと、グラスを変えたセルジオは顔を上げる。

 そこには興奮気味の芽依が立ち上がっていた。


「…………メイ?」


「セルジオさん!お餅!お餅に出会いました!!」


「…………餅?」


「はい、シャリダンでお正月は餅つき大会が毎年の恒例行事らしいです!見てください!」


 箱庭から出した餅がクッキーを押し潰さん圧力をかけている。

 テーブルからはみ出そうな大きさの餅にセルジオもポカンと見つめた。


「………………なんだこの馬鹿みたいなサイズは」


「………………シャリダン、凄かった……」


 金塊サイズ、しかも山のようにあるのだ。

 ほぼおじいちゃんおばあちゃん達だけの筈なのに、その迫力は凄まじかった。

 さすが戦場を掛けた歴戦の勇士である。


「…………お餅は私たちがいた場所にもあるのなんです。懐かしかった、美味しかったです……しかも、お土産のお餅…………1年分以上ありますよ」


 ほら……と見せると、セルジオは目を瞑りため息を吐く。

 しかし、主食のお米も手に入る事になり芽依庭はまた賑やかになるのだと伝えると、セルジオは困ったように笑って頭を撫でてくれた。


「………………新年から色々ありましたから、いい事が続けばいいですね…………うっま!なにこれ」


 たまたま持って食べたのはバターブレットだった。

 ザクザク食感のそれは長方形で片手で持つのに丁度いい。


 芽依はキラキラとした目で新しいバターブレットを掴みセルジオににじり寄る。


「……………………メイ」


「美味しいです!さあ!さあ!!」


「お前は美味いものを見つけたら口に詰めようとするクセを治せ」


 セルジオの膝に手を付き、伸び上がって口元にバターブレットを持っていく。

 背もたれに寄りかかっている為、芽依は少し寄りかかって背伸びをしないと届かないからだ。


「………………はぁ」


 引かない芽依を見て溜息をついたセルジオは、仕方なしに口に入れると、ザクッとした歯触りに濃厚なバターの風味が広がった。


「………………美味い」


「ですよね!端っこに置いてあったバターブレットなんですよ、掘り出し物だ……」


 離れていく芽依の背中に手を伸ばしたが、捕まえる前に腕を下ろす。

 落ち着いてきたが、セルジオの芽依を欲する衝動はまだ治まってはいないのだ。

 悩ましげに眉を寄せるセルジオを見て、芽依は困惑した。


「………………セルジオさん?具合い悪かったんですか?」


「……いや、ちがう…………ただ、お前を喰いたいだけだ」


「………………あ、非売品です」


 首を横に振る芽依に、クッ……と喉の奥で笑ったセルジオは新しい酒を飲み込んだ。

 それを目ざとく見付ける芽依。


「なんのお酒です?」


「焼酎」


 それは香り高い焼酎のようだ。


「………………焼酎ですか?」


「ああ……嫌いか?」


「いいえ!大好きです!芋ですか?麦ですか?」


 一気にテンションを上げた芽依だったが、そのテンションもすぐに下げることになる。


「焼酎は焼酎だろう」


「…………え、原料なんです?」


「麦だな」


「…………い、いも……は?」


「芋?いや、ないだろう。芋で酒を作るのか?」


「…………………………まさか、サツマイモがない?」


 愕然とした芽依はポカンと口を開けてから、その場に崩れ落ちた。








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