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第134話 芽依の第一印象は間違えていなかった


 あれから数週間が経過した3月中頃。

 落ち着きを取り戻したドラムスト内に模倣犯は現れていない。

 芽依もカテリーデンに参加したが、以前と変わらない賑わいで安心して販売を開始したのだった。


「まあ!これはすごいわ!」


「こっちがシチュー、こっちが肉じゃが」


 3人分の料理の食材がひとつの袋に入った料理キット。

 それを1袋ずつ販売する事にした芽依は、溢れかえる野菜達の片隅に置いた。

 常連客達は目ざとくそれを見つけて飛ぶように売れていく。


「これがあれば夕食の準備が楽になるわ!」


「よかった!」


 自動販売機の確認に定期的に見に行く時、露店のお姉さんや、忙しいお母さん達がこぞって聞いてきた事の1つであったこの料理キット。


「食材は手に入れやすくなったけど、なかなか作る手間がねぇ」


「これで1品!みたいのなんかないかい?」


 そう聞かれて、庭で作れる材料で出来る料理を全部まとめて袋に入れたのだ。

 ちなみに、調味料は別にだが袋に調味料をデカデカと書いて、これ入れたら味が決まる!と書いてある。


 これは自動販売機でもバカ売れをしていて、あっという間に完売した。

 今は2種類だがそのうち増やしたいものだ。

 また、ハストゥーレが作ったぶどうベースのペーストソースも売れ行きが良くて、芽依は自動販売機の数を増やす検討をしている。


 シャリダンで餅のお礼にと出した野菜の喜びようが凄まじかった為、自動販売機があったら喜ぶのではないかと考えたからだ。

 今すぐではないが、後々稼働したい。


「わぁ、すごい久しぶりじゃない?近くでの販売」


 手をフリフリして話し掛けてくれたのはフェンネルだった。

 相も変わらず緩く体を覆うシャツを愛用しているフェンネルは、珍しく袖口にフリルのついた少し可愛らしい服装だ。

 同じく手を振り返した芽依に頭を下げるハストゥーレ。

 メディトークは男前に足を上げた。


 芽依は売り子に任せて近付いてくるフェンネルに目ざとく見つけた斜め前に広げている真っ白な野菜達に眼差しは強くする。


「フェンネルさん、野菜が真っ白なんだけれど」


「うん、僕粉雪の妖精でしょ?庭には冬や雪の属性のせいか雪がずっと降っている場所が会ってねぇ……だから、そこを利用しつつ収穫した野菜を雪の中に埋めて寝かせてから販売してるんだよ。お陰で甘さが跳ね上がった美味しい野菜なんだぁ」


「雪の下キャベツさんじゃない……」


 思わずフェンネルのブースに行き、並ぶキャベツを見ると真っ白な甘みの強いキャベツは正しく雪の下キャベツだ。

 他にも寝かした野菜が沢山あって、その中にはじゃがいももある。

 その2つだけではなく、全ての野菜が白くて、このブースだけが不思議な野菜売り場になっている。

 美味しそうな野菜ジュースが便で数種類売っていて、それだけが色鮮やかだった。

 芽依は目付きを鋭くしてすぐさまじゃがいもを購入。


「ありがとう、美味しく食べれますように」


 伏せ目がちに袋に入れたじゃがいもを手渡してくれたフェンネルをじっと見る。


「………………ん?どうしたの?」


「いやぁ、私の中の1番綺麗な人外者ってやっぱりフェンネルさんだなって思っただけだよ」


「えぇ!?なになに!?テレちゃうじゃない」


 テレテレと顔を赤らめて頬に手を当てた可愛らしいフェンネルに芽依も思わず笑った。


「可愛い人だなぁ」


「もう、本当になにぃ?」


 揶揄うようにフェンネルを褒めてから芽依は自分のブースに戻った。

 雪の下で作られたじゃがいもをメディトークとハストゥーレに見せて満足そうに笑った芽依は、通常通りに様々な物を売りさばいていた。

 美味しくできた改良版のぶどうゼリーの売れ行きや、数を増やしたチーズ等の乳製品は今まで以上に売れていて芽依はホックホクである。


 以前に作ったチーズボールを休憩の合間に口に入れて、ハストゥーレの口にも入れる。

 2人で仲良くモゴモゴと口を動かしている時、新しい客が現れた。

 長めのスカートを履いた女性客で、黙って芽依を見ている。


「すいません、このチーズくれる?」


『おう』


「……………………あなた、移民の民だよね」


 2人で口をモゴモゴさせながら、チーズを袋に入れるメディトークを見る。

 慌ててチーズボールを割ると濃厚な牛乳が溢れ出したまらない美味さにぽわんとした時だった。

 突然聞かれた移民の民かどうか。


 よくよく見ると、その茶髪の女性も芽依と良く似た服装をしていて移民の民なのだろうかと首を傾げた。


「………………まあ、そうですね」


「ふぅん…………ねぇ、あなたもフェンネルさんが好きになったのよね?だから伴侶のこの幻獣じゃなくてフェンネルさんの所に行ったんでしょ?さっきフェンネルさんに話しかけてるのみたよ。優しい人だから相手にしてくれたのかな、なんで……私とはあまり話してくれなかったのにな……でも残念ね、フェンネルさんは私と結婚するの」


「…………は?」


「………………ご主人様」


 芽依を見るこの移民の民の眼差しは何かおかしかった。

 光のない真っ黒な目で芽依を見るからゾクリとして身震いすると、ハストゥーレが芽依の前に出る。


「…………お客様?」


「ああごめんね、ただの…………そう、世間話よ……」


 うふふ、と笑い支払いを済ませた女性はチーズを受け取り離れて行った。


「………………なんだったの?」


「わかりません」


『…………わからねぇが、なんかしでかしそうな雰囲気だったな』


「うん……」


 そのメディトークの予想はすぐに訪れた。

 離れていく客を目で追っていると、その人は真っ直ぐフェンネルのブースに向かっていて、先に気付いたのはフェンネルではない売り子だった。


 金髪の女性はにこやかに笑って接客していたのだが、客の女性は相変わらず訳の分からない事を言っているようで困惑気味のようだ。

 話は聞こえないが眉を下げて首を傾げているのがわかる。


「………………なんか、大丈夫?あれ」


「スタッフ呼びましょうか?」


『…………呼んだ方がいいかもな』


 3人は客の不穏な様子に顔を見合せていた時、フェンネルがやっと他の客から離れたようだ。

 女性を見て首を傾げている。

 知り合いでは、ないのだろうか。


 そんな何故かハラハラした様子がどんどん不安になっていく。

 何故か分からないが、今すぐフェンネルを連れてどこかに隠したくなるのだ。


 何やら客がフェンネルに話しかけてると、困ったように笑っていた顔が険しくなっていく。

 そして、フェンネルから冷気が一気に溢れ出し、金髪の売り子を押してブースから出した。


『…………おい、スタッフ呼んでこい!』


 少し前に出てきていた隣のブースの男性にメディトークが叫んだ時、フェンネルの目が見開き黒い模様が浮かび上がった。


「まさか!あれは…………」


「え?ハス君?」


『まずい!』


「え……なに!!」


 急にハストゥーレに引っ張られ後ろに隠された芽依はフェンネルを見て目を見開いた。


 足元から溢れるほどの白い冷気がドライアイスのようにカテリーデンを覆い出す。

 芽依は目を凝らすと、フェンネルの人影がゆらりと動くのが分かり無意識にハストゥーレを押しのけていた。


「………………嫌な予感がするの、このままでは……いけないような……」


「ご主人様」


『メイ…………今は動くな、フェンネルは危険だ』


「………………だめだよ」



 芽依は何故か吸い込まれるようにフェンネルを見た。

 ドライアイスのように揺らぐ白い煙は風の属性の人外者が居たのだろう、風により流された煙から現れた真っ白な人外者はフェンネルでいてフェンネルではなかった。

 美しく真っ白なフェンネル、伏せていた目を開くと真っ赤な瞳に黒く這うように動く何かがまるで知らない人の様に冷たく……正気を失った瞳をしていた。


 狂人のそれに変わったフェンネルの、あの優しく微笑んで一緒に出掛けたフェンネルが一瞬にして剣を作り出し女性に向けて振り下ろした。


「フェンネルさん!だめ!!」



 芽依は立ち上がり長テーブルを倒して走り出した。

 嫌な予感がしていたのだ。

 花雪の容姿を聞いた、美しさに魂が抜かれるようだと比喩された雪の眷属の妖精。

 あまりにも美しく優しいとされた花雪のその残忍な様に、誰もが半信半疑だった。


 そう、その話を聞いてから芽依はあの優しいフェンネルが重なって仕方なかった。

 雪の眷属の美しい妖精。

 芽依は初めてフェンネルを見た時、こんなに綺麗な人は見たことがないと思った。

 人外者の特に精霊は人間が好む美しい姿をしていると最初にセルジオに教えて貰ったけれど、芽依は何よりも誰よりもフェンネルが美しいと思っていた。


 だからこそ、フェンネルだけはそうでは無いと思いたかった。

 大事な幼なじみを失ったと泣いた、あのフェンネルは絶対に違うと、そう思いたかった。


「…………くっ…………」


 でも、移民狩りの話を聞けば聞くほど、花雪の話を聞けば聞くほどに芽依はフェンネルが浮かんでいた。


 芽依は唇を噛み締めて、豊かな髪が揺蕩うフェンネルを見る。

 その髪には薄いグラデーションピンクの大輪の花がフェンネルの美しさをより引き立てている。

 例え、無表情に倒れ込む茶髪の女性を見下ろしていても、その髪に模様のように広がるグラデーションピンクの花は花雪であると証明していて、その眼差しの狂気に泣きそうになった。


「…………………………なんで」


 美しい粉雪の妖精フェンネルが、あのリンデリントを廃村にした人物。


「…………なんでさ、フェンネルさん!」


 女性を見つめるフェンネルの腕を引っ張り見上げると、まるで無機物な何かを見るような眼差しで見るフェンネル。

 真っ白な髪にピンクの花模様が浮び上がる無表情でいて、狂気に染まった眼差しのフェンネルはゆっくりと芽依の首筋に剣を押し当てた。



「………………君は冬牡丹の伴侶かな?」


 そしてまるで知らない人に話しかけるように、リンデリントの住民を全て殺した、その言葉を投げかけた。




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