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第135話 花雪と冬牡丹


 昔500年以上前、花雪と冬牡丹という雪の眷属の妖精が居た。

 2人は仲が良く共に生活を送る中、同性ではあるがその生涯を一緒に過ごすのだろうと花雪はそう、思っていたのだ。


 しかし、そう思っていたのは花雪だけだったようで、冬牡丹は照れた表情で切りそろえていた黒髪を撫で付けながら花雪に言った。


「…………えっと、伴侶だよチエミって言うんだ。フェンネルだから紹介するんだから……な?」


「え、伴侶……?」


 そう紹介されたのは移民の民だった。

 笑みを浮かべて頭を下げたのだが、その女性はフェンネルの美しい姿を見た瞬間、釘付けになった。

 まだ20代の女性は冬牡丹の美しさに見惚れたのだが、次に見た花雪の美しさは非では無かった。

 艶やかで光る白の髪に美しい花が浮かび上がっている。

 細身の体はしなやかでいて手足が長く、何より瞳以外何処もかしこも白いフェンネルの雪のような姿はこの世の物とは思えなかった。

 美しいルビーのような赤い目がチエミを見ると、射抜かれたように呆然とする。


 それに気付いた冬牡丹の妖精はすぐさまフェンネルから距離を取った。


「…………だからさ、これからはチエミと生活をするから……ごめんなフェンネル」


「待ってよ!え?…………僕は?」


「フェンネルもさ、伴侶探しなよ……な?」 


 それだけ言ってチエミを連れて離れた冬牡丹にフェンネルは呆然とした。


 フェンネルは自分の容姿が好きでは無かった。

 人間、人外者関係なくフェンネルを見た人は等しく惹かれるのだ。

 自分という中身を見ないで外見だけで判断する周りをフェンネルは信用できない。

 フェンネルが信用出来るのは側にいて居心地良く、そして強い強制力みたいにフェンネルを恋焦がれない冬牡丹だけだった。

 花雪には、冬牡丹しかいなかったのだ。


 そんな冬牡丹に伴侶が出来た。

 喜ばしい事だとわかっていても、それを素直に喜べない自分の汚さに愕然としつつ冬牡丹の為にフェンネルは少し距離を置く事にした。


 その間に冬牡丹はあんなに嫌っていた国に紐付けらる。

 全ては伴侶であり移民の民であるチエミを守る為だ。


「………………ねぇソユーズ……あのフェンネルさんは来ないの?」


「………………来ないよ」


「いつ、来るの?」


「なんでそんなにフェンネルを気にするの?」


「…………そんなんじゃないよ」


 チエミはとてもフェンネルを気にかけ冬牡丹、ソユーズにいつ来るのかとしつこく聞いてきた。

 最初のうちは穏やかに話し、庭を世話していた2人。

 チエミの為に小さな庭を用意して、その一角に冬牡丹を咲かすソユーズ。

 本職としている冬牡丹を咲かせ手入れをする事で、呪い除去の素材になるのでソユーズが住む街の領主に定期的に運んでいる。

 これが、チエミを国が保護する為の対価となっているのだ。


 そんな2人の生活は50年程の短い期間で終わりを告げる。

 最初は穏やかだった2人だが、ソユーズに会いにくるフェンネルの存在にギスギスしてくる。

 基本的に庭にチエミを隠してどこにも行かないようにしているソユーズにチエミはどんどん自己主張を辞め、他の移民の民と同じ様に表情をなくしていった。

 しかし、フェンネルが来た時だけ笑顔を見せるのだ。

 勿論そんな事を知らないフェンネルの目的は冬牡丹であってチエミでは無い。

 冬牡丹もそれはわかっているのだが、1年に1回来るか来ないかの回数にして遠慮しているフェンネルに冷たい言葉を投げかけた。


「…………フェンネル、もうお前来るな」


「え……なんで」


「お前が来るとチエミはお前しか見ないんだよ!」


「僕、そんなつもりは……」


「わかってる!お前は俺に会いに来てる事もチエミに興味ないのも!でも!俺が嫌なんだよ!!」


「……………………」


「頼むから!もう俺の前に現れないでくれよ!!」


「…………ソユーズ」


「違うわ!ソユーズの事は気にしないで!ね?また会いに来て!」


「チエミ!お前は俺の伴侶なんだ!花雪じゃない!冬牡丹のなんだよ!!」


「………………ごめん、もう……来ないよ」


 静かに涙を流して微笑んだフェンネルをソユーズは傷付いた顔で見た。

 同じ時期、同じ場所で生じた優しい花雪をソユーズも大好きだったのだ。

 本当はこんな事言いたくなんてない。


 でも、移民の民という伴侶を手にしてから自制が効かなくなっていた。

 何故自分を見ない。

 何故笑わない。

 何故話をしない。

 何故………………何故フェンネルばかりを見るんだ。


 大好きな幼馴染みだったはずの花雪を冬牡丹はどんどん嫌いになりそうになる。

 大好きなチエミの態度にイラついてしまう。


 なら、フェンネルを完全に嫌ってしまう前に、幸せな記憶があるうちに、フェンネルとさよならをしよう。

 その時のソユーズにはそれしか頭になかった。



 そうして、悲劇が起きる。


 離れたフェンネルはソユーズの元には行かなかった。

 フェンネルに会えないチエミは更には病んだのだが、フェンネルが来なくなって2年。

 この領地に他の国から人が来た事によりこの移民狩りが始まる事になる。







「………………フェンネルさん」


「君は………………冬牡丹の伴侶?」


「……………………フェンネルさんは知ってるでしょ?なんで聞くの?」


 500年前は肩までだった白い髪は今では伸び、長い髪が肩から前にサラリと流れ落ちる。

 フェンネルとは違うその見ただけでも魂が吸い取られると比喩された美しさに場違いながら芽依は頷きそうだ。

 それくらい、この目の前の狂った妖精は美しい。


「フェンネルさん!冬牡丹の伴侶は私だよ!!ねぇ、覚えてない?チエミだよ!!貴方に会いたかったのよ!」


「………………チエミ?名前なんて知らない」


 先程の茶髪の女性が、匂い消しの外套を外すと溢れかえる花の香りにフェンネルはカッ!と目を見開き芽依から離れようとする。

 明らかに殺る気だ。


「待って!待って!!だめ!!」


 慌ててフェンネルを後ろから抑えるが、剣を持っていない手で振り払われ吹き飛ばされた。


「ぐっ!!」


『メイ!!』


「ご主人様!!」


 吹き飛ばさた芽依をメディトークが支えてくれ、ハストゥーレが芽依の腕を掴む。

 周りは叫び声を上げ数週間前の阿鼻叫喚が戻ったようだ。

 しかし、フェンネルの目的であるチエミを見つけた為、吹き飛ばされた芽依以外に怪我人は居ない。


 カテリーデンの職員によって避難誘導され続々と出ていってる売り子や客を見ながら芽依は立ち上がった。


『メイ、俺たちも行くぞ』


「だ!だめ!フェンネルさんを置いていけない!」


「………………ご主人様、フェンネル様は既に狂った妖精となっております。被害が出る前に離れましょう」


「…………狂う?」


 狂気を宿した瞳のフェンネルは魔術を発動しながらチエミを殺そうとしている。

 叫びながらもなんとか逃げ、フェンネルに何かを叫んでいる移民の民、チエミ。

 狂った妖精と言われたフェンネルの黒が滲んだ真っ赤な瞳はギラリと光り、あの微笑みとは程遠い歪んだ顔をしているフェンネルを芽依は見る。


「……違う、違うよ。あんなに優しいフェンネルさんが狂うなんて……」


『そうだ!優しいんだよ!花雪は優しすぎたから狂っちまったんだよ!!』


「どういう事……」


「ぎゃぁぁぁぁぁぁああ!」


叫んだ芽依の声とチエミの叫びが重なった。

 バッ!とそちらを見ると、片腕が切られてボタボタと血を垂れ流しているチエミ。

 その強い花の香りに、まだ残っている移民の民の顔つきが変わるのだが、芽依は立ち上がりフェンネルの方へ行こうとする。


「駄目です!」


「離して……ハス君!」


「お願いいたします!ご主人様!!狂った妖精には等しく死を!救う方法はそれしかありません!」


「…………何を、馬鹿なことを!!フェンネルさんを…………殺すって言うの!?」


 ギラギラとした赤い瞳には黒い模様が滲み出ていた。

 それを見た芽依はビクリと体を揺らす。


『…………あの目が、狂ってる証拠だ』






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