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第136話 狂った妖精の辿った歴史


 過去の事。

 冬牡丹に軟禁されているチエミは、どうにかこの庭から出てフェンネルに会いたかった。

 しかし、冬牡丹から魂や力を半分貰っているチエミが今更逃げたとしても直ぐに居場所がバレてしまう。


 どうしよう、そう悩んでいた時、他国から領主館に来た人物に目を付けた。

 その人はチエミと同じ移民の民で、闇堕ちはしていないながら現状を良しとしていない男性だった。

 伴侶の人外者の女性は宝石の妖精で、様々な力を含んだ宝石を生み出せる。


 国の為に、国や建物を外敵や敵国から守るための魔術の基盤に使われる宝石を産むのだが、それを国に差し出すのをよく思っていなかったのだ。


 男性は守銭奴で自分の金になるものを渡したくなかった。

 それを止めるにも、保護して貰っている為一定の宝石は差し出さなくてはいけないの、と女性に諭される。


 プライドの高い男性はそれもまた気に入らなかった。

 宝石の妖精から貰った力で彼自身の力では無いのに、自分の力と勘違いしたのだ。



 そして男性、誠とチエミが出会いある話し合いをひっそりと行われたのだ。



「………………お互いの伴侶を殺してこの街から出よう。生活費は宝石があるから問題ない。俺は、自分の金を無償でなんかやりたくないからな」


「私はフェンネルさんに会いたい。結婚したいの。それにはソユーズが邪魔」


 こうして目的の違う2人は手を組み、戦闘向けでは無い宝石の妖精を殺し完全に力を継承した誠は、チエミの庭に行き2人がかりでソユーズを殺したのだった。


 ソユーズは血を吐き、地面に崩れ落ちながらも泣きながらチエミに手を伸ばした。

 そんなソユーズを見下ろしていたチエミは笑った。


「やっと、やっとフェンネルさんに会えるのね」


 その言葉にソユーズは力無く見上げていた目をカッ!と見開いた。


「ふぇん……ね……る……?」


「貴方が来るなって言ったから、フェンネルさんに会えなくなった!全部全部!あなたのせいよ!貴方が悪いのよ!!」


「ぐぅ……!!がはっ!!」


 そう言って持ち上げた足をソユーズの腹部にドスン!と振り下ろした。

 血反吐を吐きながらチエミを見上げると、そこには愛したチエミの歪んだ顔。


「………………こ……な……………………に…………ふぇん……………………ごめ…………」


 瞳にあった光がどんどん失っていき、力無く手が地面に落ちた。

 その瞬間、ソユーズの体から煙が立ち上がりチエミの体に吸い込まれていく。



「………………力が溢れてくる」


「死んだって事だな…………これでどこにでも行けるが……少し身を隠した方がいい」


「なんで」


「友好国とはいえ、別の国で国を支える宝石を作る人外者が死んだんだ。あいつあれでも重要ポジションのヤツだからな。戦争になりかねないから」


「はぁ!?なんでそんな人外者が来てたのよ!」


「知らねぇよ!魔術基盤の宝石をどうの言ってたけど興味ねぇ!!」


「もう!やっと会えると思ったのに!!」


 こうして凶行に及んだ2人は夜のうちにこの街を出たのだ。



 離れた場所ではあるが、この街にいたフェンネルはピクンと反応する。

 両手を出すと、フェンネルの司る花雪が牡丹の形を作り出した。


「………………ソユーズ?」


 […………こんな、チエミがこんなヤツだったなんて…………嫌な事言って遠ざけてごめん…………フェンネル…………本当にごめん。大好きだったよ]


 そう冬牡丹から溢れてくる言葉と気持ちにフェンネルはすぐさま立ち上がり転移をして庭に直接入ってきた。

 そこには雪の降り積もる中倒れるソユーズの姿。

 血塗れになって既に事切れているソユーズは今でも涙を流していて、その場にチエミの姿はない。


「………………なんで……どうして……どうして!!」


 ぐしゃりと腹部が潰されたソユーズの体を抱きしめたフェンネルは周りの雪とフェンネルの白さ、そしてソユーズの血液の赤しか周りには無かったのだった。


 この時、美しさと優しさで出来たフェンネルが壊れた。

 庭中に咲き誇る雪で出来た花が、この地の記憶を吸い上げ2人がソユーズに何をしたのか分かったからだ。


「………………僕のせいだったの?あの移民の民がソユーズを殺したのは…………あんなに大切にされていて何が気に入らないって言うの?大事に大事にされていたのに、そんなソユーズより僕が好きだって?………………あは…………あはははは!!移民の民なんか、みんな死ねばいいのに!!ソユーズを殺す移民の民なんかいらない!!そんなヤツ世界中から消えればいいんだ!!………………僕を好きになるやつなんかいらない………………僕なんか、いらない………………」


 泣きながら笑って言ったフェンネルは庭の中を吹雪に変えて、荒れ狂う中笑い続けていた。


 そして、吹雪が止みソユーズの体が無くなった頃フェンネルの姿は花雪の妖精から粉雪の妖精に変わっていた。

 狂った妖精……人外者が陥るのは2種類。

 ひとつは狂気に飲まれて自身を崩壊し、殺戮を繰り返す狂った妖精になる事。


 そしてもう1つは、目的のある狂った妖精は平常心を保つ為に一時的な仮の姿に変体する。

 それが、フェンネルでいえば粉雪の妖精であった。


 チエミを移民の民を殺すという目的の為、謝ったソユーズを忘れたくない為にフェンネルは煌めかしい、好きでは無い外見を粉になるまで崩したのだ。

 こうして、自我を保てる粉雪の妖精が生まれた。

 狂った妖精を体内に押さえ込み、定期的にくる移民の民を殺したい衝動に晒されながらフェンネルが探し求めていたのは2人だけ。


 直接ソユーズを殺したチエミとマコト。

 ソイツらだけは、絶対に許さない。



 こうして心を壊し、狂った妖精は隠れた2人の移民の民を探した。

 時に抗えない殺人衝動に身を任せ花雪に戻り街や村を半壊、または全壊にしながら。


 まさか、この500年の間に2人の間に子供が出来、その子が妻を迎え子を宿しているなど知らずに。

 フェンネルが半壊させた街に、その子供一家とマコトとチエミが住んでいてフェンネルによってチエミ以外が殺されていることも知らずに。


 だが、今のフェンネルにはそんな事関係ないのだ。

 見つけた冬牡丹を殺した移民の民を殺す。

 ただ、それだけなのだ。


「貴方は私の子供も孫も殺したけれど、それでも私は!貴方が好きなの!なんでフェンネルさんが街に来たあの時出かけていたのかと悔やんだくらいなんだから!愛してるのよ!フェンネルさん!!あんなヤツよりずっと!」


「…………胸糞悪い、口を開けないでくれるかな」


「沢山殺した貴方を愛してあげられるのは私だけよ!!貴方と一緒になりたいからソユーズを殺したんだから!」


「………………口を……開けるな!ソユーズを殺したお前が!あの……優しい冬牡丹を……ただお前を愛して大事に守っていただけの冬牡丹を…………お前達は……!」


 ガシャン!と長テーブルを剣で切るフェンネルをメディトークは顔を歪めて見ていた。


『…………完全に狂ってるヤツは救いようがねぇけどよ……半分狂って他種族に変体するくらい心にしこりがある奴ァ……優しいやつって決まってんだ……狂った心をよ、こう……無理やり変えた体の中に押し入れて守って、その衝動を必死に受け止めるのは完全に狂っちまった方がすっと楽だろうよ……』


 痛々しげにフェンネルを見るメディトークの言葉に芽依は涙が止まらなかった。


 嫌いだったのだ。

 移民の民が、フェンネルは心底嫌いでたまらなかったのだ。

 大切に守られる移民の民の甘やかされているはずの生活に不満を言った芽依を、きっと殺したい程憎らしかったのではないか。

 それでも、花雪の苛立つ気持ちを押さえつけ何かを見極めるようにフェンネルは芽依を見続けたのだろう。

 様々な状況の時、この移民の民はどんな反応をしてどんな態度をするのだろうと。



「君は、冬牡丹の伴侶?」



 その質問は花雪のタガを外すと同時に移民の民の答えを探る言葉だった。







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